ランナーにとってひとつの指標となる「自己ベスト」。それに徹底的に向き合う低酸素トレーニング施設が、RUNNING SCIENCE LABだ。STAY HOME期間中には「自己ベスト更新の場」であるマラソン大会に置き換わるものとして、ランニングイベント「Beyond」の構想も発表。withコロナ時代でも能動的にランナーを支える原動力とは? 代表を務める三田祐介さんに話を聞きました。
お客さんのモチベーションから生まれた打ち出し
onyourmark(以下OYM):緊急事態宣言が出されて、施設をクローズせざるを得なかったと思いますが、その期間はどう過ごされていましたか?
三田:3月に入ってからスポーツジムでの感染報道が出されたこともあって、緊急事態宣言よりも前にクローズせざるを得ませんでした。3月27日から約2ヶ月間、閉めていたことになります。
コース(レギュラーコース:月8回(40分)利用など)に申し込んでいただいている利用者には、毎月26日に翌月の会費をお支払いいただいていることもあり、4月分を自粛期間明けにスライドするなどの対応をしていました。体温計や衛生面のケアなどの自粛期間明けの準備作業はありましたが、基本的にはLABはお休みしていました。
OYM:以前 別の企画でお伺いした際に「低酸素ルームはもはや新しくない。どこでオリジナリティを出していくか。僕らは“世界一、自己ベスト更新率の高いジム”を掲げる」とお話しされていました。その考えに至った経緯を教えてください。
三田:ここ数年で、特に都心には低酸素トレーニング施設がたくさんできました。低酸素トレーニング以外の部分でどう差別化を図るか、これまでにグループランやトレーニングセッションなどもして認知拡大を図ってきましたが、イマイチしっくりくる感触はなかったんですね。
LABの“武器”となるものが見つからない状況は続いていましたが、スタッフは幸福度高く働いてくれていました。「お客さんが自己ベストを更新してくれる。笑顔で来店してくれる」ことが理由でしたが、それならば「自己ベスト」に徹底的にこだわって打ち出すのはアリかもしれないと思ったんです。
僕ら自身がやり甲斐を見出す意味でも“世界一、自己ベスト更新率の高いジム”と謳うことにしました。それくらい強い打ち出しじゃないと“ただの低酸素ルーム”に成り下がるかもしれない。以来、お客さんに結果を出してもらう。イコール僕らのモチベーションです。僕らの中でも「自己ベスト」への熱が変わりました。
OYM:「自己ベスト」を出してもらうために具体的にどんなサポートをされているのですか?
三田:大きく分けると
1:ランニングアビリティ測定(身体能力の測定)で能力を数値化する
2:低酸素トレーニングで心肺機能の強化、ランニングアビリティ測定の結果からスポーツ科学に基づくトレーニングメニューの提案
3:スピードを上げる、エネルギーロスを減らすなど、レースで結果を出すためのアドバイス
4:レースの結果検証から新たな課題の提案
の4つになります。“世界一、自己ベスト更新率の高いジム”を謳っていますが、思うように結果を出し続けられないのもまた事実です。そんなに簡単に毎回自己ベストが出せたら楽なことはありません。「距離を走りこんでいるのにタイムが伸びない」「すぐに怪我をする」「スピードを維持して走れない」「マラソンでは必ず30kmの壁にぶつかる」etc……。ランナーが抱える課題は千差万別です。だからこそ何より大事なのは己を知ること。自分はどんなランナーか知ることです。それに気づいてもらうことが僕らの第一のミッションです。
ランニングアビリティ測定では *VO2Maxや*LT値、*AT値酸素摂取量などを測定し、その数値を元に長所、短所、最も改善すべき点を洗い出します。初めて測定する人のほとんどが、イメージと違う結果を見ます。
*VO2Max =運動中に体内に摂取される酸素の単位時間当たりの最大値。自動車に例えると排気量にあたる。この値が高いとより多くの酸素を体に蓄え、供給することができる。
*LT値 =Lactate Threshold(乳酸性作業閾値)の略。有酸素運動から無酸素運動に変わる運動強度の境界値を指す。
*AT値酸素摂取量 =AT値とはAnaerobic Threshold(無酸素性閾値・嫌気性代謝閾値)の略。LT値とほぼ同義で使われる。この境界値で取り込める酸素摂取量を定期的に確認する事でランニングエコノミーの変化を確認することができる。
数値化は気にしていたことも気にもとめていなかったことも浮き彫りにしますし、改善すべき点を明確化します。また、弱点を意識してトレーニングすることで低酸素トレーニングの効率は高まりますし、定期的な測定によって自分の能力の変化を確認することで、結果は確実についてきます。性格や仕事環境含め、自分自身を理解することが、結果に繋げる近道なのです。
それから、他社との差別化として僕らはコミュニケーションを重要視しています。意識的に取り組んでいることですが、僕らは実業団経験者も多いので、多様な経験談を元に、アドバイスができます。
最近では、測定の通知に“タイプ”を加えるようにしました。例えば「パワータイプ」などですが、数値だけでも理解してもらえますが、シンプルなワードで脳にインプットし、マインドセットしてもらうことが狙いです。その意識がトレーニングの改善につながることがあります。
小さなことですが、コミュニケーションのディテールにこだわったことが、徐々に僕らのオリジナリティになっていきました。
スタッフのパーソナリティを武器に
OYM:低酸素ルームを運営しながら、最近では実業団登録や YouTubeの配信、トレーニングメニューの公開など、アウトプットに積極的なように思います。この狙いについて教えてください。
三田:従来のトレーニングジムの考え方はジムに来て、汗を流して、帰ってもらう。その間にスタッフや、周りの人とコミュニケーションをする機会もありますが、偶然性に委ねられているように思います。僕らはこの点に積極性を持ち、店に来てくれるお客さんをはじめ、世界のランナーに対しても発信をしていきたいと考えています。
「お客さんが自己ベストを出してくれることが第一」という目的意識さえしっかり理解していれば、個を生かしてもらう方がLABにとっては良い。スタッフの強み、パーソナリティ、本人がやりたいことはLABの武器です。僕らは全員集めて5人の小規模ジムですから、個が立つべきだと思いますし、個の力を生かしてもらうことがLABの可能性を広げてくれると思っています。
例えばスタッフの新田が今行なっている、5,000m、13分台に向けたトレーニングは、本人が中高校生が見てくれたら参考になると思い、現役の時にはなかった知見を踏まえてもう一度そのレベルのパフォーマンスを発揮できるところまで戻したい気持ちから始めました。13分台を出すにはどういった練習をするのがいいのか、元実業団選手が再度トップパフォーマンスを発揮するためにどう立て直すのか。
練習メニュー、月間走行距離、強度の割合、参考にしてもらうことで自己ベスト更新に役立ててもらいたいと考えております。参考例としてですが、こうしたアウトプットも自己ベストを出してもらうために活用していただけると嬉しいです。
強みを生かしてオリジナルの発信をする
OYM:“世界一、自己ベスト更新率の高いマラソン大会” 「Beyond」の開催も発表しました。内容を詰めている段階だと思いますが、現段階で決まっている詳細を教えていただけますか?
三田:発端は新型コロナウイルスの影響で、お客さんが自己ベストを出す機会が失われてしまったことからです。自己ベストも何も、大会がなければ、打ち出せないわけで。ならば「自分たちで大会を作ってしまおう」と。
決まっていることは12月開催で、ターゲットタイム4時間から2時間半まで、15分刻みでペーサーを用意することまでです。気持ちが先走ったところもあって、現段階で言えることはそこまでですが、開催場所などは内容を詰めているところなので、もう少しの間控えさせてください。LABに来ていただいているお客さんに限ったイベントではないので、どうすれば一発勝負で自己ベストを更新してもらえるか、案を練っているところです。
OYM:活動内容がトレーニング施設の枠を超えているように思うのですが、アウトプットの幅を広げる根本はどこにあるのでしょうか?
三田:このLABを始めた当初は市民ランナーの方が考えていること、求めていることがまったくわからない状況でした。僕もまだ実業団をやめて間もなかったですし、どちらかといえばトップランナーのための施設だったように思います。3年が経ち、今はその思考が180度変わり、市民ランナーの方の考えていることの方がよく理解できています。
どちら側の感覚にも触れ、実業団と市民ランナーとの間には垣根があることが見えてきました。他のプロスポーツであれば当然といえば当然なのかもしれませんが、ランニングはプロも実業団も市民ランナーも同じスタートラインに立てる競技でありながら、実際に触れ合う機会は多くありません。
最近でこそ、大迫や神野くんがプロになったこともあり、発信に力を入れていますが、実業団ランナーが個人として発信することはそう多くはありません。リアルな場所にしてもSNSなどのツールにしても、もっと交流する場があるべきと感じています。
お客さんにランニングのさまざまな知見を伝えていくことや、実業団と市民ランナーのパイプとなる行動をとることも僕らの役割だと思っています。
自粛期間の間に考えさせられたことですが、今後いつ以前のように大会が開催できるか不透明な状況で、「Beyond」を開催する案が浮かびました。これまでにあった“大会”のステレオタイプの変革が必要な時期がきていると思ったんですね。
自分の成長を感じるためにタイムがあり、大会がありましたが、この機会を境に、走る喜びを共有し合う機会、その大会でしか味わえない“イベント”の色に共感する人が増えるだろうと。
以前から OTT(大人のタイムトライアル)にペースメーカーとして携わらせて頂いておりますが、素晴らしいイベントです。トップランナーがペーサーを務めたり、拘りが強い。アットホームでありながら、主催者側の気持ちが大会参加者に伝播して、イベントとして凄く一体感があります。
「Beyond」も実業団、市民ランナーといった枠にとらわれない、誰しもが自己ベストを出すための、自己ベストを出してもらうためのイベントにしたいと考えています。