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「自然と人と道具」という特集テーマを考えた時に、既に50年前にそのことを突き詰めて考え、ブランドの柱を築き上げた存在があることに思い当たった。〈Patagonia(パタゴニア)〉の前身〈シュイナード・エクイップメント〉だ。 創業者であるイヴォン・シュイナードは、岩に打ち付けて落下を防ぐためのクライミングギアである「ピトン」の製造からビジネスを始め、高い評価を受けていた。しかし、そのピトンが岩に取り返しのつかないダメージを与えるものであることを認識すると、ビジネスの柱であるピトンの製造を中止し、回収可能なプロテクションギアへの転換を呼びかける。この、岩にダメージを残さないスタイル「クリーンクライミング」は、様々な点で「自然と人と道具」の関係にインスピレーションを与えてくれる取り組みだった。


Yvon Chouinard (Photo by Tom Frost (c) patagonia)

道具の変化が自然との関係を変える

ピトンを用いたクライミングを現時点から振り返ってみれば、それは「登頂」という結果に重きを置いた行為だと捉えることもできる。征服すべき壁があり、それを達成するための最短距離、合理性に基づいたクライミングだ。しかし、そこには問題もある。合金鋼製のピトンは当然、岩よりも硬い。この硬いピトンの設置と回収を繰り返した結果、フレークやスラブはこじ開けられ、剥がれ落ちていく。

一方、回収可能なプロテクションを用いた「クリーンクライミング」は、岩へのインパクトは少ないが、道具を残さないようにして登るため、新しいクライミングの技術が求められる。ピトンを使えば簡単だったかもしれない壁も、クリーンクライミングのスタイルで登ることで難易度が増すかもしれない。実際、1972年のカタログでクリーンクライミング宣言を謳った〈Patagonia〉の前身〈シュイナード・エクイップメント〉は、14ページにのぼる新しいギアへの手ほどきも併記していた。これは自然を征服するためでなく、登るという行為そのものに重きをおいた方針の転換ととらえることもできる。

イヴォン・シュイナードとトム・フロストによるカタログ序文のテキストからは、Patagoniaの原点を読み取ることができる。(序文テキスト全文はPatagoniaサイトで公開されている)

我々は、もはや地球の資源は無限であるなどと思い込むことはできない。地平線の向こうに未登のピークが果てしなく広がっているわけではない。山には限界があり、一見壮大なその容貌にかかわらず、山は傷つきやすい。
-1972年〈シュイナード・エクイップメント〉カタログ序文より

自然が無尽蔵でなく有限であることに気づき、挑むものであると同時に守る必要があるものであることに気づいた時、道具が変化し、クライミングもその過程を楽しみ、そのクリエイティビティを評価するべきものに変化した。

我々自身と未来のクライマーがクライミング体験を確保する唯一の方法は、第一に垂直の野生地を、第二に体験に内在する冒険を守ることである、と我々は信じている。実際、この冒険を確約するための唯一の保証、そしてそれを維持するための最も安全な保証は、道徳的抑制と個人的責任の実践である。

それゆえに、登頂することではなく登るスタイルこそが、個人の成功を測るものとなる。昔から言われているように、我々のひとりひとりは、手段よりも結末が重要であるかどうかを考える必要がある。スタイルに不可欠な重要性を置いたうえで、我々はその基調はシンプリシティ(簡潔さ)であることを奨励する。クライマーと登攀のあいだに存在するギア類が少なければ少ないほど、自己、そして自然との望ましい交わりを得る機会が多くなる。
-1972年〈シュイナード・エクイップメント〉カタログ序文より

これまで道具は自然を制覇するために作られ、用いられてきた。そこにイヴォン・シュイナードとトム・フロストは、「スタイル」という新しい概念を提示した。登頂することではなく登るスタイルが重要だと言ってのけたのだ。しかもそのスタイルはシンプリシティを伴うべきだと。

これによって道具が目指す方向は180度転換する。できるだけシンプルで、自然との境界を薄くすること、自然を征服するのでなく、自然と望ましい交わりを得ること、その目的のためにこそアウトドアの道具は存在するべきだと。

きっとこの〈クリーンクライミング〉運動は、いまは当たり前となった自然と共生するアウトドアスポーツの先駆けだったのだろう。この後、自然への挑戦と同じくらい、自然との共生がアウトドアを楽しむ人々にとって大事な要素となっていったのだ。


Photo by Eliza Earle (c)patagonia

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