〈sun.days.food〉は、一度行けばだれでも虜になるお店だが、その魅力をひとことで伝えるのは難しい。料理のメインにはお好み焼きがあるけれど、パンもワインも美味しい。お好み焼き屋さんでも間違いはないのだが、美意識が行き届いた店内やお皿やカトラリーを見るとその固定観念は完膚なきまでに打ち砕かれる。オーナーの大給(だいきゅう)さんは、自分の好きなものを集めただけですよと話すが、ここで流れる時間は完璧にオーガナイズされたものだ。山の麓のこの店に出かけ、食事をして会話を交わし、迫る山並みを眺める。その体験全体が大給さんの提供しているものなのだ。
巡り合わせのロケーション
ー甲斐駒ヶ岳がのぞめる素晴らしいロケーションですが、この場所との出会いを教えてください。
(お店の窓から見える白い平屋を指差して)あそこに建物が見えているじゃないですか。ギャラリートラックスという1993年からあるギャラリーなんです。ここのオーナーの三好悦子さんと「この辺りで物件を探しているんです」というお話をしてたんです。トラックスさんからこちらを眺めて「あんな小屋でいいんですけれど」と伝えたら、「今から見にいく?」と言って頂いて、歩いて見に来た。天井も高くて、壁も広くとれる空間だったんですよ。これはいけるなぁと思って、最初からイメージが湧いたんです。
ーいい場所ですよね。他に建物もなくてパーっと開けてて。
オーナーさんは引退された建築屋さんで、ここは資材置き場だったんです。たまたまその娘さんが僕の店を以前から知ってくださっていたので、ぜひ使ってくださいとおっしゃっていただきました。そうしたご縁や悦子さんのご縁もつながって貸していただいた感じですね。
ー巡り合わせがすごい。
それはみんなに助けられてできてるんですよ。
好きなものをただ合わせているだけ
ー神戸の街から北杜市に移住されたんですよね。
6年前に長男を入れたい保育園があって家族で移住してきました。ジャンボさん(クライマーの横山ジャンボ勝丘さん、今回の特集でも登場)の子どもたちも同じ保育園で、たまに彼の家でボルダリングをやらせてもらったりしていますよ。
神戸ではお店をやっていたんですけど、こちらではサラリーマンでもやろうかなって気持ちで移住してきた。どんな場所かわかってなくて、来てみたらそんな簡単に仕事があるような感じじゃなかったんですよね(笑)。だったら自分でやるかと、最初小さいお店を近くの別の場所で始めて、おかげさまで割とお客さまが来てくれるようになって甲府にもう一軒出店しました。その後、人手の問題もあって甲府に店を絞ってやっていたけれど、この物件がたまたま運良く見つかって、こちらに移したのが去年の8月です。
ー神戸の時はどういったお店をやられてたんですか?
神戸の時はこれより規模感が小さい、一人でやっているようなお店です。お好み焼き屋ですけど、パンもワインもあって、という感じの店でした。前職は花を飾る仕事だったので、料理の勉強をしたことはなくて、修行ももちろんしたことがなかったんですよ。ご飯屋さんをしたいなとはずっと思っていて、料理はすごく好きだったんです。家で作ったりしていたんですけど、自分ができるのって関西でいったらお好み焼き屋さんくらいかなと思って。まずお好み焼き屋さんをやることは決まっていたんですけど、それに自分が好きなものを足して行ったら勝手にこんな感じになった。最初からそう見据えてたわけではなくて。
ー内装の考え方はどう始まったんでしょう? お好み焼きとこの内装が、どうやってこういう方向性に?
僕の場合は料理のメニューもそうですけど、好きなものをただ合わせているだけなので、お好み焼きとリンクはしていないんですよ。ただ好きなものを集めて、好きな料理を集めているだけだから、お客さまがいらっしゃって「お好み焼き屋さんだったね」とか「カフェだったね」とか「レストランだったね」とかという判断はお任せして、うちはこうなんです、とかはないんですよ。そんなかっこいいストーリーはなくて、こんなのかわいいよねとか、こういうお皿が出てきたら心地いいんじゃないかとか、自分が思ってるだけであまり狙ってるものはないんです。
お客さまが、たとえば家から今日ここにいらっしゃると決めて、道中とか、会話とか、風景だったり、こういう場所に来た心地良さとかがあって、そういうもののひとつとしてお皿があって、味があって、帰った後に何か今日は良かったなぁと思ってくださるのがいいかなと。ほんとうに、ひとエッセンスでいいんじゃないかなと。自分の好きなものはもちろん入れている。そこに少し心地よさが生まれてくれればいいかなくらいの。
ー体験全体の流れをイメージして作ってるんですね。
自然に繋がる地域コミュニティ
ー神戸の街から北杜に移ってきてどうでしたか?
こっちに来る方は割とみんなそうだと思うんですけど都会が向いてないというか、ごちゃごちゃしてるのがしんどかった人だと思うんです。僕もそうで、こっちにきたら気が楽になりました。でも場所は自然豊かだけど、住んでる方は都会の人が多いんですよ。だから移ってきて違和感みたいなものはあんまりなくて、逆にベクトルが似てるような方ばかりなので、楽ちんですよね。都会の話ができないわけじゃないですし。
ー移住者同士のコミュニティの場みたいになっていたりするんですか?
それはあると思いますね。ハブみたいになってくれたらいいなと僕も思っている。料理だけの場所じゃなくて、そういう場になってくれれば。
ーこの辺りは、ちょっと広い範囲でコミュニティがあるなという感じがしますね。甲府から北杜、諏訪、脚を伸ばして松本のあたりまでの南アルプスと八ヶ岳の間のエリア。
日本ってすごく地元意識が強いじゃないですか。山梨だったら山梨とか。アメリカみたいに大きい所だと範囲200kmくらいが地元じゃないですか、そこから食材を仕入れていますとか。そうすると日本だといろんな県を跨いでるんですよ。そんな感じに思ってますけどね。
ー6年いらっしゃって、この地域でコミュニティが育ってる感じはしますか?
来た時よりは確実に増えていますね。最近も〈SANU〉という宿泊施設ができて、そこのお客さまや運営の方がよく来てくれています。都会より抜けが良くて分かりやすいというか。同じベクトル同士が見つけやすいんでしょうね。
飲み屋さんじゃないけど〈Wine Shop Soif〉の2階のお宅にお邪魔して飲んだり、韮崎のご夫婦がやっている〈和食おすし若〉もよく一人で飲みに行かせていただいてます。あと甲府の〈豊鮨〉は、親父さんと女将さん、息子さん家族もよく来てくださいます。
また、山梨が本拠地のアパレル〈evam eva〉はアパレルショップとギャラリーとレストランの複合施設があって、オーナーの方と親しくさせて頂いているのでよく伺います。それにお店でも取り扱いさせていただいている〈AKITO COFFEE〉の丹澤亜希斗さんは甲府の知名度を上げてる立役者ですよね。
ーこのエリアで山遊びをした後に行けるところが増えたのは嬉しいですね。
この辺にわざわざ食事だけで来る方も結構増えたと思います。今日はうちに来て、明日豊鮨さんに行くんですとか、帰りにSoifさんに寄ってワインを買って帰るんですとかという方が多くいらっしゃいます。
僕も6年前に来たときに、全く知り合いがいなかったんですよ。ポンときて「オープンします」と言っても誰もこないじゃないですか。でもなにかお店ができたなみたいな感じで、ポツポツ気になって来てくれる方がいて。山梨のアーティストとか、ミュージシャンとか、作家さんとか、ワイン作ってる有名な方とか、亜希斗くんとか、みんなお客さんで来てくれて知り合いになった。全員そうなんですよ。そうやって繋がるのが都会にいるより早い気がします。
料理だけを見ていない 人や空間を引きで見ている
ー〈sun.days.food〉の今後はどうなっていくんですか?
ここは、やるときに間口があまり狭くならないようにしたんですよ。どんな方でも入ってこれる雰囲気にして、働き手も人が育てば僕はもういなくなっても大丈夫なように。その前は僕がカウンターで喋って「スナック大給」みたいになって、ニッチな料理をしたりしてたんです。けど、ここはそうじゃなくて心地よさだけを残して、マニアックさは置いておく。
いずれ僕は違う小屋でニッチなことをしつつ、ここではそこで仕込みをしたものを卸すみたいなことを考えています。
ー実験場みたいな。それも楽しみですね。ここは人が来やすいという感じを最初から設計して作ったんですか?
はい、僕としてはマニアックにしていないんですよ。さらにスッキリさせると、それはそれでマニアック度が上がるんで、ちょうどいいすっきりさ。
家具の配置とか雰囲気にしても、僕は行ったことはないですけど、イギリスの食堂、今若い子がやってる食堂みたいな感じになればいいなと思って、イメージしたんです。外もあるので、敷物を持ってきたら外で食べてもらってもいいしみたいな。
ー大給さんは料理人というよりもデザイナーみたいな思考ですね。
料理だけを見ていないですね。食べてる人とか空間を引きで見てるようなイメージ。今はインスタグラムみたいに、ビジュアルがすごく簡単に手に入れられるじゃないですか。昔はこういうのがなかったから、洋書ばっかり買ってビジュアルを見て、これって甘いのかなとか、どんなレベルの甘さかなとか、想像するじゃないですか。そういうところからきていると思うんです。暗さとか、テーブルに広がってるものとかを一緒に見ているというか。
ーお皿の中だけじゃないんですね。でもこの場所のこの景色、ほんとここくらいじゃないですか。
この窓もどうしようともできたんですけど、この抜けをきっちりと揃えたかったんですよ。立ってる時と座ってる時の景色が違うんです。