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長野県小諸を拠点に全国のアウトドアフィールドの“遊び方”を伝える〈Gen. Nature Experience〉。そのプロデューサーであり、インストラクターの船山潔(いさぎ)さんは弱冠27歳。自然豊かなこの地で生まれ育ち、世界のアウトドアフィールドを経験して、再びこの場所に戻ってきた。自然と文化と食をひとつの体験としてパッケージするサービスはこれまでにない新しさを備えているが、同時に過去の遺産を受け継ぐ気概にも満ちている。

自然の中に“ただ居る”こと

長く伸びた髪をなびかせて歩く船山潔(いさぎ)さんの後ろについて山道を登る。残雪が残るトレイルを踏みしめながら、彼と会話を交わしているといつの間にか標高を稼いでいる。案内してくれたのは浅間山を間近にのぞむ小浅間山。標高わずか1655m、登山口から300mほど登るだけの小さな山だが、登る労力に対して申し訳ないような雄大な景色を見せてくれる。

「ここはすごく好きな山なんです。ゲストに合わせて、いろんなレベルの山を提案してますけど、ここはどんな天候でも楽しめるし、お子さん連れでも登ることができる。頂上付近は地熱のせいか冬でも雪がつかないんですよ」と話す潔さんは、小さな山に不相応な大きなザックを背負っている。それは、ゲストをもてなすための道具が詰まっているからだ。

この土地特有のなだらかな山頂に到着すると慣れた手つきで〈PAAGO WORKS(パーゴワークス)〉「NINJA SHELTER」を張り、即席の茶室のような空間をしつらえる。ホットサンドメーカーで草餅を焼いて、あんこをお湯で溶き、あっという間に出来上がったお汁粉でもてなしてくれた。細やかな気配りとさり気ない会話からゲストを楽しませたいという潔さんの持つホスピタリティーが伝わってくる。


潔さんの友人〈SANZOKU PRODUCT〉のテーブルと特製のククサ。顔の見えるプロダクトを大事にしている。


浅間山をバックに〈PAAGO WORKS(パーゴワークス)〉「NINJA SHELTER」で茶室のような空間をしつらえる

潔さんがプロデュースし、インストラクターを務める〈Gen.〉は、ゲストが自然と接する機会を提供することを主な目的としている。あの山に登りたい、そのためのスキルを身に付けたいというはっきりしたニーズに答える、いわゆる山岳ガイドとは一線を画したサービスだ。

「僕が伝えたいのは、単にクライミングっていいよね、ということではなくて、自然の中にはいっぱい面白い遊び方があるということなんです。アウトドアに親しむ機会がなかった人は、その面白い遊びの見つけ方もわからないし、それがあることにも気づけない。僕は僕を通して自然をどう遊ぶかを見せたいんです。

ゆっくり歩いた後にご飯を食べることも登山ですし、クライミングエリアに行ってコーヒーを飲むこともクライミング。それってどういうことかというと、自然の中に“ただ居る”ということなのかなと思います。かっこいいクライミングと気持ちのいいクライミングは別で、両方あっていいし両方ないといけない。スーパーヒーローみたいな人も必要ですし、僕らみたいに広げる活動も必要。

環境に関しても問題意識を強く持っていますが、それをただ口にするんじゃなくて、まず好きになってもらうための活動をする。好きになったらゴミも自然に拾うようになりますよね」

何も、限界を超える厳しい体験だけがアウトドアではない。自然の中に居る心地よさを味わうこと、フィールドに向かう道筋からアフターフィールドまで気持ちよく時間を過ごすこと、そうしたことをプロデュースしてくれるサービスはこれまでの日本にあるようでなかったものだ。


船山潔さん(右)と双子の兄弟でアーティストの改さん(左)。〈Gen.〉のアートディレクションや本記事の写真も改さんによるもの。今後はふたりのライフスタイルを表現するムービーの撮影も計画しているという。

フィールドを感じ、ノンジャンルで楽しむ

潔さんがこうしたサービスを志向した理由のひとつに、彼がクライミングで培ったフィールドへの観察力がある。

「高校2年生の夏にOBJという団体のプログラムに参加しました。2泊3日の山行、沢登、ロッククライミングなどを体験します。そこではじめてクライミングをするんですけど、全然登れなかったんです。運動神経には自信があったんで悔しかったですね。それでクライミングジムに通うようになりました」

このクライミングジムで出会った師匠が、潔さんを導いてくれた。スポーツクライミングでの競争に興味を持てなかった彼を外岩の開拓に連れ出してくれたのだ。

「その当時十代で開拓をしてるクライマーは周囲には全くいなかった。佐久地域を中心に、八ヶ岳も行きました。受験の年の11月にも師匠に八ヶ岳に連れて行かれて、30kgくらいの装備を持たされて、開拓して一緒に登っていた。最初からクライミングに対してはアプローチが違いましたね。あるものに登るというより、探して登って、作るのが当たり前。それがクライミングだと思っていました。そこに難しさはあるんですけど、Google mapを見て、ここに岩あるよとか、延々と歩き回ったり、という見つける楽しさがありました。だから今はどこの地域に行っても山登り然り、クライミング然り、自分で見つける力があります」

フィールドを見て、自分の頭で考える、その経験が〈Gen.〉の創造性を支えている。フィールド次第で最適な遊びは変わってくる。体験をする人の力量によっても遊び方は変化する。多様な要素を組み合わせて最適解を出すには、多くの遊びの引き出しを持っていなくてはならない。だから潔さんは、アクティビティを限定しない。ピクニックのような優しい登山も、厳しいクライミングも、パウダーを味わえるバックカントリーでのスノーボードも、果てはサーフィンまでも組み合わせて、目の前の自然を楽しむ。ゲストは彼の創造性にあやかり、自然との接触の仕方を覚えていく。

継承し、循環するツーリズムを

体験の組み合わせはフィールドの上だけに留まらない。アクティビティの後も麓の文化や食というリソースを発掘し、ゲストに伝えていく。循環型社会を実現していた江戸時代や縄文時代が好きだという潔さんは、地域の文化遺産も積極的に訪ねて開拓している。この日もお気に入りだという、布引観音を案内してくれた。断崖絶壁に建つ観音堂の向こうには、ついさっき間近に眺めた浅間山が顔を出している。

「いまは一緒に働いてくれる仲間がふたりいて、彼らはガイドでもないですし、山のレベルがそれほど高いわけではないんですけど、とにかく地元をよく知っているんですよ。それがすごく重要だと思っています。遊びから食から温泉まで、山から麓までつなげられる人はなかなかいない。小諸という地域はそれがやりやすい。地域が伝統をつないでいく意識を持っている。地域において、何か箱物を作って集客するよりも継承する方が好きなんです。僕らからスタートでもいいんですけど、それよりも継承していく線の間にいなくてはいけないと思っていて、小諸はそれができる場所なんです」


佐久市岩村田の〈スナック喫茶 茶王〉の前で。昭和の香り残る地元の店を発掘して紹介するのも彼ならではのスタイル。

潔さんは今、小諸に宿泊しながら自然を体験できる拠点を作ろうとしている。そこに子どもたちを集めて、自分が幼い頃に味わったような自然との関わりの機会を作るためだ。

「いま、企業の施設で定期的に子どもたちのプログラムを運営してるんです。その中で、いまの子どもたちの体力の低下を目の当たりにしている。指先だけは器用なんですけどね。例えばクライミングだったら、僕がロープを離さない限り子どもは諦めて降りてくることはできない。その環境で自分の力を出し切る、そういう機会を提供したい。

〈Gen.〉を始めて、おかげさまで多くの方にサービスを体験してもらえるようになりました。でも、それは自分のゴールではなくて手段。その収益を子どもたちに還元する循環を作りたいんです」

アクティビティとフィールドを多彩に組み合わせ、自然の循環と社会の循環の輪を少しずつ大きくしていく。潔さんのその活動は、まだ始まったばかりだ。

船山 潔  / Isagi Funayama

船山 潔 / Isagi Funayama

佐久平ロッククライミングセンター所属
長野で生まれ育ったプロフェッショナルの登山家・クライマー・スノーボーダー。日本では極めて稀なアスリートで、多様なスキルをかけあわせて新しいアウトドア・ジャンルを開拓する。
中学生より登山やロッククライミング、スノーボードに魅せられる。高校卒業後、単身渡仏。国際登山ガイドになるために、一年間フランスアルプスなどの過酷な山岳環境における高度な登山・登攀・バックカントリー技術を修練する。
現在も一年を通して山で活動・生活しており、雪山登山や氷瀑登攀など、過酷な環境での経験も豊富。ロッククライミング、登山、バックカントリー、キャンピング、スケートボード、サーフィン、釣りなど。
ライフワークとして、アウトドアで親しんだ自然を守るため、自伐型林業などの環境活動にも取り組んでいる。