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軽量な道具を工夫して、時には自作もして軽快な山行を楽しむウルトラライト・ハイキング、通称UL。このムーブメントはもはや日本でも当たり前に認知されるようになったが、その黎明期を支えたWEB SHOPのひとつが〈moonlight gear〉だ。そのファウンダーのひとりが千代田高史さん。2010年にオープンした時にはまだ会社員、その後に岩本町に実店舗を構え、法人化も果たし、〈OMM〉〈VIVOBAREFOOT〉といった人気ブランドの代理店業も行っている。道具に精通した千代田さんに、いま改めて〈moonlight gear〉立ち上げのころの思い出を綴ってもらった。

月明かりの下で眠る魅力

初めて山でひとりテントで眠ったのは20代前半の時だ。

カサッと音がしたかと思えば熊かと思い、林の奥の暗闇の中には得体の知れない黒いものがいる気がした。ひたすら怖くて一睡もできず、ようやく朝の日の光と鳥のさえずりに心底安心したのを覚えている。そのあとあんなに怖かった思いをしたのに、都会に帰ると、また山に行きたくなるのが不思議なものだった。月明かりの下で眠ることには何か魅力があるようで僕はその怖さも含め虜になった。

背負い心地がロールスロイスのようだとライターが書けば、そのザックを買った。元々凝り性だ。雑誌を読み漁りヘビーデューティーなザックや前室付きのバックパッカーテントなど山道具を一通り揃えた。日帰り登山は嫌いだがバックパッカーを気取れる縦走登山は好き。3泊分の食料を持ち、補給なしで歩くことにこだわりを持った。どこに張ってもよいテントは定住を持たない自由さがあり、誰にも会わないことが嬉しかった。その頃は山小屋には泊まらないことを信条としていたほど。

今思い返せば若さが売りの気合と時間を勤め先にうまいこと搾取されつつも、これこそMountain High LIFEだ!と自由に使える時間は道具を買いに登山用品店へと足繁く通った。

アメリカのフォーラムでULガレージメーカーに出合う

時が経つと元々天邪鬼な性格な自分は、人が持っている道具だけでは満足しなくなっていった。そんなおり、アメリカに〈backpackinglight〉という情報サイトがあることを知った。見たこともない道具達がたくさん並んでいた。そのフォーラムで特別に伸びているスレッドの中に〈Sixmoon Designs〉の「gatewood cape」というシェルターを見つけた。“レインジャケット、ザックカバー、テントの役割を一つでこなす”と書かれていて、重さは350gしかないらしい。佇まいに惹かれ一晩悩み、明朝初めての海外通販をした。当時1ドルは80円。その状況は自分の欲求を止める理由が何もなく、そこから怒涛のULガレージメーカーの道具集めが始まった。

〈TITUNIUMGOAT〉〈TRAILDesigns〉〈Kifaru〉〈Tarptent〉さらに第二世代の〈YAMAMOUNTAINGEAR〉や〈LIGHTHEATGEAR〉など、どの道具も一つのアイテムを工夫して道具を切り詰め、必要最低限のものしか持たないシンプルなスタイルを貫いており、輝いて見えた。

ブログで発信 コミュティが生まれていく

薄くて軽いペラペラな道具たちはサービス精神に乏しく、自分がしっかりしていないと役に立たない。だから道具を軽く、小さくしていこうと思うと、より自分の経験が問われるという反比例する買い物に魅力を感じる。この2000年代の奇妙なムーブメントにすっかりハマッてしまった人たちは当時ブログをやっていることが多く、始まったばかりのtwitterを駆使して、ゆるい軽量道具好きのコミュニティが出来上がっていた。

ブログというものは今のSNSよりも書き手がオリジナリティを 研究して発表しているのが面白い。当時は皆プロ意識があったと言っていい。読み手に敬意を払い、その書き出しはどれもすごく興味をそそるものだった。だから自分もお店をやる前からブログで“自分らしさ”の探求をしていたのが、今になると糧というか基礎になっていた。

山で眠るための最低限の装備

僕はやはり山で眠るということにこだわりたく、 月と自分の間を隔てるナイロン地をできるだけ省きたいという欲求を叶えるため、bivysack(日本のシュラフカバーよりちょっと大きめ)泊というスタイルに到達していた。

バックパッカーでいうカウボーイキャンプと言うやつ。通称行き倒れ泊スタイル。 テントのように“張る”という概念がないので 少しのスペースがあればどこでも寝れる。ちょっと平坦な場所さえあればOK。誰も来ない場所でのステルスビバークに向いていて防水のスタッフサックの代わりにもなる。寝袋と一緒に防寒のためのダウンジャケットを一緒に押し込んでしまっていれば、ザックから出した瞬間にすぐ寝れる気軽さが最高。シンプルな形状、 軽さが売りの撥水bivyは骨がなく自立しないので完璧と言えず、逆に完全防水のものは アルパイン用途のモデルしか選択肢がなく蚊帳がない。先ほど書いた3役をこなす〈SixmoonDesigns〉の「gatewood cape」の方が全然軽いのがもどかしい。

でもこれらの完全防水モデル、〈INTEGRALDesigns〉のE-ventモデルのbivyは全モデルを買ったし、ちょっとした用途の違いで数モデル作り出すマニアックさに嬉しくなった。もはやこれは自分にとって軽さを取っている以上の魅力があり、理屈では説明できないロマンを実現するための道具になっていた。だから実際自分たちでお店をやるようになった時もこのbivy Sack泊だけはお客さんに絶対に伝えたいと思ったこだわりのスタイルだと言える。

“行き倒れスタイル” “ものぐさハイキング”という名前でWEB SITEで精力的に発信をしていた時期がある。今となってはあまり熱心にこのスタイルをお奨めしていないが、改めてこの文章を書きながら現在の状況を見渡すと、ミリタリー・サバイバルという文脈のキャンパー以外ではまだまだ愛好者は少ない様子。この文章を書きながらこの現状に対してまた一石を投じたいと思う欲求がムクムクと湧き上がってくるのを感じている。お店を続けてきて今年で12年となるが この楽しさ、自由さは他になくもっともっと多くの人に伝えたい。

使いこなしたいと思うほどの魅力があるものを選ぶ

bivy Sack泊もタープだけで泊まるスタイルも軽くて、万能でなく、自分の力量が少し必要なところがいい。〈Moonlightgear〉に並んでいる道具を見渡しているとそんな不完全さをまとった不格好さが際立つものが多いことに気づく。

結論、シンプルなものだからこその美しさと必要最低限だからこその儚さにロマンを感じるのだな。自分の力量を問われ、使いこなせるようになること。使いこなしたいと思うほどの魅力があるものを選ぶこと。

鶏が先か卵が先かみたいな話ではあるけれど
自分は後者からお店を始めた人間だからこそ
ずっと道具に対しての興味が失われないのかなと。