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土壌にはさまざまな微生物が存在している。一説によると、その数は1グラムあたり100〜1000万になる、とも。微生物たちはスペースやエサをとりあったりあるいは共存したり、多様な関係を築きながら種類と個体のバランスを図っている。これが土壌微生物の多様性だ。そして腸内の微生物の多様性が人間の健康維持に欠かせないように、土壌微生物たちの多様性が健康な土に一役買っている。逆に、この多様性が失われると植物の生育不良や病害を招いてしまう。

畑に入れるものが土壌をつくる

東京都三鷹市で〈鴨志田農園〉を営む鴨志田純さんはこの農園の6代目。コンポストアドバイザーとして国内外でコンポストの普及を見据えた活動にも取り組んでいる鴨志田さんは、自家製完熟堆肥を用いて、三鷹の地に根ざした野菜を年間で約40種栽培している。そんな鴨志田さんの前職は、実は数学教師。農園の先代である父の急死を受けて異業種から就農した。農法を一から学ぶなかで感じたことは「土づくりの大切さ」だったという。“We are what we eat”、「人間はたべるものでできている」というが、土壌も人間と同じだと鴨志田さんは言う。

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「何を与えるかで土壌の性質が決まります。腐りやすいもの、未分解のものを土壌に与えると畑の中で腐敗することがあり、病害を招くばかりか腐りやすいという性質が野菜に出てしまいます。しっかりと発酵したものを投入することで良質な土ができ、味が良く、腐りにくい野菜を栽培することができます」
土づくりにはさまざまな方法があり、どれも間違いではない。さまざまな農法があるなかで鴨志田さんにもっともフィットしたのが、〈堆肥・育土研究所〉を主宰する有機農業家の橋本力男さんが提唱する、完熟堆肥を使う農法だった。

〈鴨志田農園〉では、堆肥を「主に有機物を、微生物の働きによって高温で、発酵、分解、熟成させた肥料」と定義している。〈鴨志田農園〉の堆肥は、最低でも1カ月間60度以上の温度を維持して病原菌や雑草の種子を死滅させるという行程を踏んでいる。一般的な堆肥には「家畜の糞由来の臭いの強いもの」というイメージがあるかもしれないが、完熟堆肥はほぼ無臭。近隣の15世帯に協力を仰いで集めた生ごみコンポストを発酵・分解・熟成させたものだというが、きちんと発酵のプロセスを踏んだそれはほとんど匂わないのだ。

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腐敗試験でもその結果はあきらかだ。大雨が降った後の土壌を再現するために、瓶の中に土とひたひたにかぶる程度の水を入れ、1週間後に土壌の匂いをチェックする。もし腐敗臭がするようなら、土壌のなかに未分解の有機物など腐敗しやすいものが含まれていたということになる。未分解の堆肥を畑に投入すると土の中で腐敗することがあり、これが病害の原因になる。きちんと発酵・熟成させた完熟堆肥は湿った土の匂いがするだけだった。

左が微生物の働きによりしっかりと分解・発酵されたのに対し、右は分解しきれず残った有機物が腐ってしまった。目に見えない微生物の力を明らかに感じられる。

微生物の宝庫!近所で集めた落ち葉がスゴイ

〈鴨志田農園〉の堆肥づくりで欠かせないのは植物由来の原料だ。なかでも特徴的なのが、近所の公園で集めるという落ち葉。針葉樹は発酵が遅いので集めるのは広葉樹の落ち葉だけ。最低5種類の広葉樹を混ぜて使う。なぜ落ち葉かというと、落ち葉につくさまざまな土着菌の力を借りるため。この微生物の力で発酵を進めるのだ。
「土着菌ですから、落ち葉のエリアが変われば当然、そこにつく微生物が変わります。土地にねざすという意味でも、畑と同じエリアで集める落ち葉にこだわっています。こうして集めた落ち葉は、もみがら、壁土、米糠と一緒に生ごみコンポストに投入して堆肥舎で発酵させます。粘りがある壁土は養分が流れないよう、吸着剤として、ミネラルが豊富な米糠は発酵促進剤として使っています。もみがらはライスセンターから、土壁は建設業者からいただていますが、彼らにとってはごみでも僕たちにとっては貴重な資源。知識や技術があればごみも資源として有効に活用できます」

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堆肥舎での堆肥づくりのポイントは温度管理と水分管理。落ち葉についている微生物の力で積み上げた堆肥内で生物燃焼が起き、わずか1〜2日で中の温度は60度以上にあがる。
「一気に高温にあげることで、病原菌を死滅させます。4か月ほどおくと完全に発酵・熟成された堆肥が完成します」
現在、〈鴨志田農園〉ではこうした完熟堆肥を7種作っており、使うたびにベストな配合にブレンドして畑に撒いている。

堆肥はこれからの公共インフラになる

「東京都内にある〈鴨志田農園〉の面積はおよそ2,800m2。この規模では到底、大量生産はできません。都内にある農園の多くが同様でしょう。それではうちの役割はないかといえば、教育と実証実験の場だと考えています。新規就農したい人がいきなり地方に移住して農地を取得するのはかなりハードルが高い。そうした方々に、まずはここでトレーニングを積んで知識や経験を身につけたり、自立できるモデルづくりに取り組んだりしていただく。そういう使いかたをしてもらっています」

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鴨志田さんのインスタグラムは、料理好きである鴨志田さんの妻によるお料理の写真が美しい。野菜の鮮やかさが、土の中の微生物の働きを証明しているようだ。

それに加えて「地域の循環の流れを作る」という役割もある。食卓から出たごみを微生物の力で堆肥化し、それを畑に撒いて野菜を育て食卓に戻すという循環は、人と畑のリンクを考えるきっかけになる。ごみ問題など地域課題の解決にも貢献できる。

「地域課題といえば、都市農園は防災機能も担っていますが、もし大規模災害が起きて避難所暮らしが始まったら、堆肥を有効活用して公衆衛生を維持することができます。堆肥化基材を仮設トイレに入れるとコンポストトイレになるんです。そう考えると堆肥は公共インフラのひとつなんですね」

このように、堆肥が備える防災機能の可能性を広げつつある鴨志田さん。堆肥のイノベーションを見据えつつ、国内では公共コンポストの設置に向けての取り組みを始めている。特に注目しているのは刑務所のなかでのコンポスト利用。さらに政令指定都市のなかでもっとも堆肥化の仕組みが作りやすい京都のポテンシャルにも注目している。また、ネパールで行なっている農業指導では、生ごみの堆肥化を指導して有機農業を推進し、現地に雇用を創出しようと働きかけているところだ。

あまりにも謎が多く、奥が深く、全体のわずか1%も解き明かされていないという微生物の世界。まずはコンポストから、微生物たちの存在を身近に感じてみるのもいいだろう。
「微生物たちのことは植物に聞くのがいいでしょう。彼らが土のなかでどういう現象を起こしているのか、コンポストで育てた作物のできの良し悪しが教えてくれますよ」

鴨志田 純

鴨志田 純

1986年東京都三鷹市生まれ。コンポストアドバイザー。ネパールや全国各地で、生ごみ堆肥化や有機農業の仕組みづくり等を実施している。
2022年、地域や地球の課題解決に向けて挑戦する生産者を表彰する「ポケマルチャレンジャーアワード2021 ~課題に立ち向かう生産者たち ~」にて、約6600名の生産者の中から年度テーマ「一次産業の現場から、地球を持続可能に」で、最優秀賞を受賞。

鴨志田農園
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