今回の特集では真にサステナブルなプロダクト開発を目指す世界の名だたるブランドの取り組みを紹介している。一方でそれを使うアスリートの声はどうだろうか。話を聞くのにふさわしいのはこの人しかいない。世界を代表する山岳アスリートであるキリアン・ジョルネ、そのひとだ。ここ数年は山岳エリアの環境保全を目指す〈KILIAN JORNET FOUNDATION〉を発足、また、老舗シューズメーカー〈カンペール〉と新ブランド〈NNormal〉を立ち上げるなど、フィールド以外での活動にも余念がない彼の最新インタビューをお届けする。
– 2020年に発足された〈KILIAN JORNET FOUNDATION〉について改めて聞かせてください。山の環境保全に対して、この2年間で具体的にどのような成果がありましたか?
〈KILIAN JORNET FOUNDATION〉は、私が感じていた、そして今も感じていることに対して、行動を起こす必要性から生まれました。これまで数年にわたる旅行や遠征、大会の経験から、人間による負荷によって生み出される環境の変化を自分の目で見ることができるようになったことがそのきっかけのひとつです。
この財団は、持続可能な社会への変化、山岳地帯の環境の保全に、さまざまな形で貢献できるひとつの方法だと考えています。そのために「研究」「直接的な活動」「意識向上と教育」の3つの主要な枝に分けられた広い枠組みを持っています。
「研究」分野では、オーストリアにある氷河、特にヒンテレイスフェルナーに毎日測定するためのセンサーを設置する資金を提供し、世界氷河モニタリングサービスプロジェクトに参加しています。また、〈Ice melts and …〉 プロジェクトの一環として、科学者による情報提供のための講演を通じて、スペインのカタルーニャ州のさまざまな学校と科学者のコミュニティとの距離を縮めることができました。
「直接的な活動」として、私たちは毎年〈Challenge for Nature〉というイベントを開催しています。チャレンジの内容や寄付の額は問いませんが、自然保護のために1日を捧げようという意志が重要です。この資金は財団のためだけでなく、自然保護や研究を目的とする他の財団や協会に寄付することも可能です。さらに、私たちは独自のプロジェクトを3つ開発中で、今後数カ月のうちに発表したいと考えています。
最後に、「意識向上と教育」の分野では、スポーツ界への影響力のおかげで重要なウェイトを占めています。特に〈Outdoor friendly pledge〉と〈Athlete Climate Academy〉というプロジェクトが好評だったことがうれしいです。この2つのプロジェクトは、スポーツ界に持続可能性へのコミットメントと、より責任あるスポーツの実践を促すという、同じ目的をもっています。
これらはまだ始まりに過ぎません。まだまだやるべきことはたくさんありますし、プロジェクト自体の国際化も進めていきたいと思っているところです。
フィールドでのアクティビティで私たちが心がけたいこと
– トレイルランニングやハイキング、スキーなど、実際に山の自然を楽しむ一般の方々にとって、環境保全の意識は日常のどのような場面で必要だと思いますか?
私たちの行動はすべて結果が伴うということを意識し、大小問わず、すべての行動において、環境への影響を常に考え、自分を高めていくことがとても重要だと思います。私たちの新しいブランド〈NNormal〉も「Your path, No Trace」(あなたの道に痕跡なし)というメッセージを掲げています。
我々は山岳地帯の保全に貢献できるはずなのですが、何から手をつければいいのか分からないというのが現状だと認識しています。より持続可能なライフスタイルへの移行、気候変動や生物多様性の喪失に対する闘いに参加してほしいと願っています。
〈KILIAN JORNET FOUNDATION〉のウェブサイトでも触れていますが、以下のように私たちにできることはたくさんあります。
・痕跡を残さない。ゴミはすべて持ち帰り、見つけたものはすべてリサイクルする。
・身近な山を探検し、低炭素の交通手段で冒険をする。
・自然を尊重する。静かに、動物に近づかない、植物を持ち去らない。生物多様性保全のため、その時やりたいことが許可されているかどうかを確認する。
・土地の摩滅に注意する。土の質や訪問者の頻度によっては、道を外れたり、特定の場所に入ったりしない。そのための情報収集を怠らない。
・地元の山を守るために、ボランティア活動をする。
・大会に参加したり、大会を企画したり、スポーツクラブに所属したり、スポーツ用品を作ったりする場合は、より持続可能なスポーツモデルに従う。
以下のページから、より多くのヒントを得ることができるのでぜひチェックしてみてほしいです。
https://www.kilianjornetfoundation.org/tips/
– パンデミックの影響で、活動が制限される状況が続きました。予定していた遠征ができなくなったわけですが、そんな中で気付かされたことはありますか?
パンデミックは誰にとっても大変な時期でした。私もプロジェクトをキャンセルせざるを得ませんでしたが、幸いなことに、大都市から離れた場所に住んでいて、裏庭は山なので、大変な時期でも自然の中に身を置くことができたことをとてもありがたく思っています。
ロングライフな製品を 〈NNormal〉のフィロソフィ
– 今年、新ブランド〈NNormal〉の立ち上げが発表されました。〈カンペール〉とのプロジェクトを始めるにあたって、どのような価値観に共鳴したのでしょうか。
私たちのパートナーシップの価値観は、人々に自然を楽しみ、敬意を払うよう促す信頼性と実用性という、共通の哲学を反映しています。
このパートナーシップは、共通の友人を通して始まり、いくつかのコミュニケーションを経た後に私たちが同じものを求めていることに気づきました。フラクサー一家(カンペールの創業家)も私も、環境との関係において新しいやり方が必要だということに同意していますし、新しいブランドを作ることの難しさも理解しています。
カンペールは、ファッショナブルなライフスタイルモデル、快適性と品質の高さを象徴しており、〈NNormal〉にとって補完的なパートナーであると言えます。彼らは、150年にわたるこの分野での経験、イノベーション、そして靴作りとデザインのノウハウをもたらしてくれます。一方で私は、アウトドア分野とアウトドアギアに関する知識、そしてアウトドア分野で物事を変えていくという共通の哲学を持っています。私たちにとって、これは素晴らしいパートナーシップであり、これから長い旅が待っていると思うと、これ以上ないほどワクワクしています。
日本でもよく知られているアスリートがNNormalのアンバサダーとして名を連ねている。(上)キリアンのパートナーでスウェーデン出身の山岳アスリート、エメリー・フォスベリ。(下左)ハセツネ優勝経験もあるダコタ・ジョーンズ。今月のカバーは彼の写真だ。(下右)キリアンと同じスペイン出身でスカイランニング世界選手権(2010年)、CCC(2012年)で優勝経験のあるトフォル・カスタニエール。
– 〈NNormal〉の製品が環境保全に貢献する方法には、どのようなものがありますか?
サステナビリティはマーケティングやブランドの差別化のための手段ではなく、必ず実行されなければならないものです。企業には環境と社会における責任があり、それを基盤にすべきだと思います。
そのために私たちは生産するものも身につけるものもより少なくする必要があります。それを実現するために、より機能的で耐久性があり、修理が可能な製品を作り、そのライフサイクルをできるだけ長くしたいです。
また、環境負荷の少ない素材を使用し、製品の環境・社会的コストについて完全に透明であることも考慮しています。さらに、裕福な人たちだけでなく、多くの人たちに責任ある製品を届けることも重要ですね。
そして、最後にビジネスモデルにおいてもまた企業の責任の大きな部分を占めています。私たちは、毎年コレクションを発表するのではなく、デザインや構造など、時代を超えた製品を作り、より持続可能な素材やより機能的なソリューションが見つかった場合にのみ、それらを更新していきます。こうして、私たちの製品は環境に貢献していくのです。以下のページにあるビデオでは、それらすべてを説明しているので、こちらもぜひ見てほしいです。
https://www.nnormal.com/en/mission/commitment/
– 〈NNormal〉の製品で特に気に入っている点は?
現在、プロトタイプをテストしていますが、私のフィードバックはすべてデザインチームに送られ、彼らはこの秋に発売される素晴らしい最終製品のために懸命に準備しているところです。もっと詳しいことを皆さんにお伝えしたいところなのですが、今は辛抱強く待つしかありません(笑)。
– 世界のフィールドで、あなたが〈NNormal〉の製品を身につけている姿を見るのが楽しみです。今年予定しているプロジェクトを教えてください。
今年の私のプロジェクトは、以下の通りです。
3月 ピエラメンタ(山岳スキーレース)
5月29日 ゼガマ-アイズコリ(トレイルランニング)
7月15日 Hardrock 100(トレイルランニング)
8月13日 シエレ・ジナル(トレイルランニング)
8月26日 UTMB(トレイルランニング)
2022年秋の発売まで、今シーズンはプロトタイプや〈NNormal〉製品を着用して走る予定です。
5/29に行われた山岳マラソン〈Zegama-Aizkorri Marathon〉でキリアンは大会新記録で優勝(彼にとって10回目となる快挙)。ダコタとエミリーも出場し、〈NNormal〉製品をテストした。
– 最後にmarkの読者に向けて、メッセージをお願いします。
どんな時でも自然を楽しみ、自然を敬いましょう!