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近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第五回は、〈domaine tetta(ドメーヌ・テッタ)〉代表・高橋竜太さん。

岡山エリアのワインは、ここ数年で飛躍的に着目されるようになった。先駆者のグランドコリーヌの大岡氏を筆頭に、現在では10社ほどのワイナリーがあるという。岡山県の北西部に位置する新見市哲多町。アイコニックなパンダが入り口で出迎えてくれる〈ドメーヌ・テッタ〉は、ワイナリーが完成した当初(2016年)、岡山県のワイナリーとしては5社目。岡山のワインを盛り上げた生産者の一人であることは間違いない。建物の向こう側には一面、葡萄の畑。もともと耕作放棄されていたこの畑との出合いから〈ドメーヌ・テッタ〉はスタートした。

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畑に不法投棄されていたというパンダ。現在では正面玄関に置かれ〈ドメーヌ・テッタ〉のシンボルになっている。

スタートアップのコンセプトは、雑木林になっていたこの葡萄畑を再生させ、ワイナリーという新たな産業を創出するプロジェクトだった。〈ドメーヌ・テッタ〉代表の高橋さんは、ワイン業界未経験ながら、ゼロから畑、そしてワイン造りに挑戦した。

「このあたりは昔からピオーネという食用葡萄の産地です。ただ以前と同じ作物を無難に育てても面白くない。いろいろと調べていると、この土地の石灰土質がワイン葡萄に適していることがわかったんです。ワインは新見エリアにこれまでなかった産業ですし、おもしろそうだと。僕はそれまでワイン業界で働いたこともなかったのですが、こわいもの知らずというか。はじめたころは今よりも規模が小さかったので、少しずつ試しながら『いつかワイナリーをやりたい』という想いをもって、少しずつステップを登っていったんです」

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2009年から畑の開墾に着手し、ワイン醸造を開始したのは2016年。ファーストヴィンテージのリリースは翌年の2017年。長い準備期間を要したわけは、ドメーヌスタイルのワイナリーにこだわりがあったからだ。

「もともと畑を再生させることが目的なので、他所から葡萄を買ったら意味がない。ワインが生産できる量、自社の葡萄が安定して作れるようになってから始めたかったので、そのぶん時間もかかりましたが、ようやく形になりました」

ドメーヌ(domaine)とは、もともとフランス語で「所有地」「区画」を表す言葉。自社畑で栽培したブドウのみを使用してワインを造る生産者のことを指す。その名の通り、この場所で、葡萄の栽培から醸造、熟成、瓶詰めに至るまですべて行われる。

魅せるワイナリー

〈ドメーヌ・テッタ〉のコンクリートの建物には、開放的なカフェとショップ、醸造所と貯蔵セラーが併設されている。カフェのガラス越しに見渡せる、タンクが並ぶ醸造スペースは天井が高く、ネオンサインのアートが彩っている。建築デザインを手掛けたのは、世界的なインテリアデザイナー〈Wonderwall〉の片山正通氏だ。醸造所は、自然の重力でワインを移動させることで、ポンプによる移動に比べてストレスがかからない『グラビティフロー(G F)システム』を採用した設計。

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東京の『NIKE原宿』を片山さんが設計しているNHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀 」を観て、岡山県出身ということもあり、ぜひデザインを片山さんにお願いしたいと思ったんです。ワイナリーのプロジェクトに興味を持ってくださり、建物の配置などゼロからデザインしていただきました。無の状態からデザインできるアドバンテージを考えたときに、人に足を運んでもらえるようなワイナリーを目指すことにしました」

ワイン造りを深く知ってもらうため、畑作業も醸造している様子も、気軽に見てもらえる環境が“ドメーヌ”であることを打ち出してくれる。ここでは、一般客向けのいわゆる“見学ツアー”は設けていない。一人一人に案内したいのは山々だと高橋さんは話すが、年中多忙なワイナリーではその時間を設けるのは難しい。だからこそ、カフェから葡萄畑や醸造スペースが見えることで、特別な案内がなくてもドメーヌ・テッタの全貌が気軽に感じられる空間になっている。

可能性に満ちた、安芸クイーン

広島県安芸の地に由来し、古くから栽培されてきたという生食用の葡萄品種「安芸クイーン」。あまりメジャーではないため、栽培農家も少ないが、この葡萄のポテンシャルを引き出したワイン造りも〈ドメーヌ・テッタ〉らしさのひとつだ。

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カフェのランチコースの一品、前菜の盛り合わせ。

「安芸クイーンは、元の放棄されていた畑から引き継いだものなので、畑の中でも樹齢が古く、僕にとっても愛着のある品種のひとつです。うまく育てるのが難しい品種でもあるので、ワイン用に栽培しているのはうちくらいかもしれませんね。トロピカルで個性的な品種で、デラウェアよりもよりクリーンな印象です。単一だと、裏を返せば厚みのない仕上がりになりがちですが、複数の葡萄とミックスさせることで味わいに広がり・奥行きを出すことができます。ピオーネみたいに綺麗な房になるわけでもなく、軸が弱いために脱粒しやすい安芸クイーンは、天候によっては色付きが悪かったりして食用葡萄としての商品価値をもたせるのが難しいんですが、食味は抜群と言われているんです」

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6月末の畑の安芸クイーン。これから実が膨らみ、ヴェレゾンが始める。

畑では安芸クイーンをはじめ、シャルドネ、マスカットベリーA、ピノノワール、メルローなど食用からヨーロッパ系のワイン用ブドウまで、さまざまな品種を栽培している。

「毎年いろんなワイン造りにチャレンジしていて、“テッタらしさ“というのはまだまだ模索中です。基本的には単一で仕込んで、その葡萄のポテンシャルがわかるのは年単位。色々な品種を育てていますが、長い目の仕事になります。醸造に関しては、同じシャルドネでも、ステンレス発酵後、樽熟成させたものもあれば、ガス圧を残してフレッシュに造っているものもある。そういう少し変わったワインも出しているのがうちの面白さじゃないでしょうか」

瓶詰め後、一部のワインはさらに別の場所で熟成される。使われなくなった石灰岩採掘トンネルを“天然の貯蔵庫”として保管しているそうだ。貯蔵庫の場所は非公開。この新見の地下のどこかに眠るワインたちは、美味しく飲まれるその時を待っている。

造り続けることが最大のミッション

「昨年から海外との取引も始まり、生産者としてより多くの人に知ってもらう機会が増えました。自分たちが思い描いたイメージに徐々に近付いてきています。あとやるべきことは、毎年きちんとワインを造っていけるか。何か新しいことをやらないんですかって聞かれることもあるんですが、考える余裕がないくらいワイン造りは大変です。畑に一年中向き合っていかなければできない。ワインを毎年リリースすること自体が、毎年の新しいチャレンジなんです。作業は同じことの繰り返しですが、僕たちの主軸はあくまでも耕作放棄地の再生なので、造り続けることこそ、真にそのコンセプトに沿うことに繋がります」

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だから畑もこれ以上は広げず、自分たちが十分に手を掛けられる、続けていける範囲に集中する。その中で、挑戦したいことには妥協せず、ひたむきに向き合う。

「ワインというイメージから、華やかな世界を想像される方もいらっしゃるかもしれませんが、実質は地道な作業の連続。うちは畑作業が一年のメインの仕事です。いいワインを造るための大前提は、葡萄、そして畑。自分たちが汗を流した分、葡萄もよく育ち、自ずとワインの質も上がると信じているんです。ブランド的には、グラフィックやデザインに注目していただくことが多いのですが、人間でいうところの“服”みたいなものなので、それに見合うカラダ(ワイン)造りは毎年のチャレンジです。自分たちが毎日畑で葡萄を育てて、造っているっていうのを液体から感じていただけたら」

ドメーヌを訪れることで、そんなワイン造りの姿勢を肌で感じることができる。この地で造られたワインをどこかで飲み、この場所に来てみたいと思ってもらえるように。新しいキュベが出たら、飲んでみたいと思ってもらえるように。「そんなふうに、一人一人のお客さまを追いかけていきたいんです」と高橋さんは畑を見つめながら話してくれた。

ドメーヌ・テッタ

ドメーヌ・テッタ

岡山県新見市哲多町矢戸3136

tetta café
営業時間 11:00〜16:00
木曜・金曜定休

tetta.jp