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陸上競技において世界記録を次々に打ち立てるエチオピアやケニアの優れた選手たちのパフォーマンスは並外れている。それ故か、彼らは「アフリカ人」と一括りにされ、“努力せずに勝てる”、“生まれつきの才能”などといった言葉で表現される傾向にあるのは事実だ。

エチオピア人ランナーの速さの秘訣には、遺伝、生い立ち、ましてや貧困との因果関係ではない個性ある文化的影響があると予測した一人の人類学者が、この本の著者だ。1年3ヶ月の間、彼らの過酷な練習に参加し、寝食を共にして見えた、やはり科学で証明できない答えが記されている。

人生をかけて世界記録を狙う者たちの練習の実態は想像することさえ困難だ。夜明け前に出発し、標高3,000mのエントト山に着くと、ハイエナと遭遇するかもしれない森の中を、彼らは集団で走り出す。特別な空気の(薄い)中、アップダウンするトレイルをキロ3分25秒の速さで一時間以上走り続けることや200メートルダッシュなどが本当に可能なのだろうか。細やかに解説されるトレーニングは、読んでいるだけで息を切らしてしまいそうになる。

この土地で重要とされているのは、一人では走らないこと。誰かが先頭で手本を示し、グループの塊を崩さないよう後続は前の足を追う。ペースを合わせる集団走で己の体を知り、環境と調和し、ライバルともなる仲間と互いに能力を高め合うことが最良の方法であることが、明かされる。

また、良いランナーになるための条件は、練習するため、そして休養するための時間を確保でき、十分な量の良質な食事を摂れて、シューズやウェアのみならず望まれた練習場所に行くためのバス代を捻出できるかどうかだ、と答える若きランナーの言葉は、幻想を一蹴する“リアル”である。

「人生を変えること」を目指してランニングにすべてを賭けたエチオピアのランナーたちは、極限まで追い込む練習場所に特別な意味を持たせ、刺激的なものにすることで、走ることへの楽しみを維持し続けていた。世界トップレベルのランニングは、実験しながら学ぶランナーたちの好奇心や冒険心によって支えられている、と結んでいる。

この本から得たことは、まさに今後のレースを“観る楽しみ方”だ。「走ることは生きること(ランニング・イズ・ライフ)」として、様々なものを犠牲にし、仲間とともに練習に打ち込むランナーひとりひとりをもう決して一括りにはできない。その一戦に人生をかけたそれぞれの思いの丈を想像して、名前を呼んで応援したい。