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本メディア〈mark〉、そしてスポーツアパレルブランド〈HERENESS〉を事業展開する株式会社アルティコが〈B Corp〉認証を得るために動き出した。認証獲得までのケーススタディになるのではと考え、mark編集長で会社代表の松田正臣、編集者の田中優帆、岩本千明、〈HERENESS〉を担当する神谷颯人の4人へのインタビューをコントリビューターの小林朋寛が行った。

なぜ、〈B Corp〉認証を目指すのか

ーそもそも〈B Corp〉認証を目指そうと思ったきっかけを教えてください。

松田:これまではあくまでも情報を発信するという意味でサステナビリティに関することに取り組んできました。プロダクション業務を行ったり、メディアを運営するということは大きな環境負荷に結びつくという認識は薄かったんです。

2020年に〈HERENESS〉を立ち上げて、実際に自分たちでモノづくりをすることになった時に、ブランドの在り方を設計する中で〈B Corp〉認証を知りました。会社の振る舞いをより良くするというところに関心が生まれたんですが、その時は遠いものだと思ってました。取得は難しいものなんだろうと。

それと同時に長く会社を運営している中で、資本主義の未来というものも考えていたんです。資本主義自体を悪いものとして否定するつもりはないんだけど、経済格差や環境破壊など不完全な点が目に付き始めている。その不完全なところを補完するにはどうしたらいいかと考えて、改めて〈B Corp〉認証の中身を見てみたら、ものすごくよくできていた。利益以外の評価制度が整えば、資本主義の良い面がちゃんと評価されるんじゃないかと思いました。

そんな中、〈Allbirds〉さんから、〈B Corp〉を一緒に盛り上げませんかというお声がけをいただいて、メディアとして取り組むことになってこの特集が生まれました。その過程で今回の特集の監修もしてくださった〈B Corp〉認証コンサルタントの岡望美さんに「認証を目指すならサポートしますよ」と言って頂いて、「じゃあやってみよう」となったのがこれまでの経緯ですね。

うちみたいな小さい会社は難しいのかなと思い込んでいたのですが、〈B Corp〉認証のための指標となるBインパクトアセスメント(BIA)を細かく見ていくと、むしろ小さい会社だから取り組みやすい面もあることがわかってきました。小さいだけに、全員で話しをしてコンセンサスを取るのも容易なので。

ー具体的に〈B Corp〉認証のどういった点を評価していますか?

松田:資本主義のアップデートをラディカルな方法で推進するのではなく、今の社会のコンセンサスが得られる範囲で調整しながら進められるのがいいところです。〈B Corp〉は利益を否定しないんです。目的を持って企業経営を継続するためには利益も求められるわけで、それを否定すると大部分の人はついて来れない。利益を求める企業が自由競争する中で成り立っているのが今の世の中なんですが、自由の前提である環境や人権がないがしろになって、問題が生まれている。国が動いたり、市民運動で変革を促すことも重要ですが、今の社会で影響力が大きい存在である企業が変わらないと世の中は変わらないと思うんです。〈B Corp〉は企業の利益を保証しつつ、今までとは異なる基準で評価される必要がありますよね、という考え方でそれがすごくちょうどいいなあと。

ーなりふり構わず利益を追求する企業と公益的な立場で利益抜きで社会に貢献する団体があって、その中間的な部分の評価軸がない。それを〈B Corp〉の認証制度が補完するようなイメージでしょうか。

松田:企業というのは株主から利益を求めなさいと言われ、その指標に対して動いています。その結果、利益を生むことに邁進してしまい、他のことがおろそかになってしまった。それにより環境や従業員への悪影響が生じました。じゃあ、公益なものだけやってればいいかというとそれでは社会は成り立ちません。そのバランスをうまくとってくれるのが〈B Corp〉というひとつの指標だと思うんです。自浄作用的に企業ごとに取り組んでいるところもあると思いますが、〈B Corp〉のような統一的な基準に対して大きい企業も小さい企業も同じ姿勢で目指していくというのもいいですよね。利益を求めるだけじゃなくて、環境や従業員にとっていい企業じゃないと「あの会社、イケてないよね」と言われてしまうような雰囲気が社会全体に広がっていけば、確実に社会が変わる気がします。

ー〈HERENESS〉で商品開発を手掛けている神谷さんはブランドをスタートさせる当初から〈B Corp〉のことを意識していましたか?

神谷:そうですね。「着心地」と「D2C」、「サステナブル」というテーマでブランドを作るための情報を集めていく中で、〈B Corp〉と〈1% for the Planet〉はすぐに意識しました。〈B Corp〉に関しては得られる情報がとても少なく、最初は認証のハードルが高そうだなっていうイメージでした。ただ、実際にコンサルティングに入っていただく中で、〈B Corp〉認証を目指すことは〈HERENESS〉としてカーボンフットプリントの計算に取り組むとか、サプライチェーンを改めて見直す機会にもなり、取り組みたかったことが明確になるという点でメリットも感じられた。すぐに動こうということになりました。


2020年末に立ち上げた〈HERENESS〉は、当初からグローバル市場を意識してサステナブルの基準を高く設定した。天然素材と再生素材で構成すること、シーズンレスで定番製品を開発し廃棄を行わないこと、ロジスティック全体でのビニールを使用しないことなどをコンセプトにした。

ーメディアを担当している田中さんと岩本さんはいかがですか?

田中:私自身は今年、〈Allbirds〉の取材を担当した時に、初めて〈B Corp〉を知りました。最初は小さな会社でも取れるものなのかな?と漠然と思ってたんですが、取り組みながらより具体的に理解を深めているところです。

岩本:これまでmarkが社会におけるサステナブルな取り組みを紙面やWEBで取り上げてきたことと〈B Corp〉認証を目指すということはわりと自然に繋がりました。〈B Corp〉の指標であるBIAを深堀りしていくと、アルティコという会社が目指すべき姿が明確になっていくような感覚もあります。


2020年4月に発刊した mark13号では“FACING THE CLIMATE CHANGE 生きるためのアウトドア”という特集タイトルで気候変動を扱った。この時の経験が〈HERENESS〉の立ち上げや、〈B Corp〉認証取得への取り組みに繋がっている。

松田:〈HERENESS〉はもともと独自の指標を設けて、サステナブルであることを意識していたのである意味で〈B Corp〉とは最初から親和性が高かった。一方でプロダクションやメディアの事業はもともとコンパクトな情報産業で物理的なモノづくりをしているわけではないので、そこと照らし合わせることも無理がない。みんな違和感なく向かい合えているのではないかなと思います。BIAはうちにとってすごくいいフレームワークでしたね。

認証までの道のり、BIAの達成基準

ーそのBIAについて。「ガバナンス」「従業員」「コミュニティ」「環境」「顧客」といったカテゴリの中でそれぞれに細かい項目があり、達成レベルに応じて採点していきます。アルティコは2022年11月初旬現在においてどのような進捗状況でしょうか?

岩本:毎週、〈B Corp〉に関するミーティングを設けています。まず5つの分野の200余りある項目(業種や企業規模によって異なる)を全員で読み合わせし、「できている」「できていない」「内容がよくわからない」といったレビューを行いました。そこででてきた課題に対して、実際に手を動かし始めているところです。印象としては、ひとつずつクリアしていけそうだねという感じでした。

ー200項目余りというのはすべての企業に対してデフォルトな内容なんですか?

松田:大まかには一緒なんですが、会社の規模とか事業の内容によって、多少のカスタマイズがされるそうです。

ーまずはその項目に合わせて合格点を獲得できるような準備をするわけですね。例えば「ガバナンス」「従業員」などは、労働基準法など日本の法律に照らし合わせた内容になるのですか?

松田:基準はグローバルなんですよ。ただ、その国ごとに法律で定められているものや、そうでないものがある。法律があるものは、当然すでに準拠しているけれど、その国の法律にないものに関しては自主的にドキュメントを用意したりしながらBIAが求める基準に届くようにしていきます。

ーその国の法律以上のものをBIAが求めているんですね。

松田:そうです。だから、会社がグローバル基準でよくなるということにつながる。

BIAを通して見えてくるもの

ー特にこれは日本にはないグローバル基準だなって感じたものはどんなものがありますか?

岩本:例えば、生活賃金という考え方です。アメリカでは法律で定められた最低賃金とは別に、実際に生活に必要な賃金の設定があって、それは当然最低賃金よりも高く設定されている。日本ではその定義がないので、それを作るところからやらなければいけない。なので、日本ではそういった項目をスキップすることもあるそうです。

松田:アメリカでできた認証制度なので、アメリカの社会状況を如実に反映した内容になっていますね。

ーダイバーシティ的な内容も色濃いですね。

松田:ダイバーシティに関しては入社の際のトレーニングの基準が定められていたり、社員に対してダイバーシティの研修を行うなど、BIAから求められているものがあります。

田中:早速、私が担当して、ダイバーシティに関する勉強会を月一回行うことを始めました。その準備をすることで、自分自身の価値観をアップデートすることにもつながるのを感じています。

ーメディアの編集者の立場としても、BIAを通して、現在の社会状況における基本的な知識を深める機会を得られそうですね。

田中:そうですね。知識を身につけて、共有できるようになるのは強みにもなります。

松田:BIAは今の社会でよしとされるもののリストなので、編集者としてグローバルスタンダードを身につけることができる機会にもなるでしょう。

ー〈HERENESS〉の事業でBIAに照らし合わせてみて気づいた点は?

神谷:ローカルに対しての取り組みは印象的でしたね。原料売上原価の何%を80km圏内から調達しているか?など。企業を中心にその周りのサプライヤーとの取り組みによって、ローカルの経済が回るという観点が盛り込まれています。原料調達だけではなくて、コミュニティにどのように寄与できるかといったところも、すごくアメリカっぽいなと思いました。ローカルの捉え方を考えさせられましたね。

ーサプライヤーとの関係性も見直す必要が出てきそうですね。

神谷:最近の社会状況を踏まえると、国内の工場に発注した方がいいことも出てきているんです。それが〈B Corp〉の指標として合致するのであればそれを推進していきたい。昨今の服作りの難しさが〈B Corp〉に照らし合わせるとより具体化するような印象もあります。また、〈B Corp〉の視点だけでなく、カーボンフットプリントを明確にするためにはサプライヤーとのコミュニケーションは必須になってくるので、その部分でも今までとは違った動きが出てきますね。

松田:工場もその点はすごく意識的になってきているので、割とすんなり話が通ったりします。環境に対する意識が業界全体に浸透して、醸成してきている。BIAを通すことで、今まで見えていなかった部分も見えてくるんです。例えば、環境負荷を金銭換算しなければいけない。商品を飛行機で送ればその分、早く届けられて売上も上がるが、そこで発生した温室効果ガスの排出分は金銭的にはマイナスとして計上されるというように。

ーちなみに事業をする上で海外の工場に頼るなど、どうしても避けられないことは許容されるのでしょうか。

松田:そこはスコア制なので、各会社ごとに得点できるところとできないところが出てきます。ただすべての項目は会社をよくするためのものなので、なるべくクリアしていきたい。その中で、取捨選択していく感じですね。選択したものに関しては、突き詰めて良くする。突き詰めればブランドとしてもクオリティが上がりますしね。〈B Corp〉認証は獲得できた後も、3年に一回の見直しがあったり、今後はBIAもアップデートを予定していて、評価がスコア制ではなくなるという話もあるので、企業としてもそれに合わせていかなければいけなくなりそうです。


〈HERENESS〉のポップアップストアなどで使うサインは長野県諏訪市の〈REBUILDING CENTER JAPAN〉にお願いした。彼らがレスキューと呼ぶ、壊されてしまう古民家の廃材を再利用して作成されている。

ーBIAには今まで明確ではなかったことを浮かび上がらせるような機能もありそうですね。

松田:気づきは多いですね。できていたことも、できていなかったこともわかるので、それは新鮮でした。BIAは公開されているので、〈B Corp〉認証を目指さなくても企業の通信簿のように使えると思います。

田中:BIAを通じて、各担当が得た知見をシェアできることもすごくいいですね。

松田:グローバルと日本のズレを感じることもあって。日本の弱さを認識するきっかけにもなります。

ー〈B Corp〉認証を得るまでどれくらいの期間がかかりそうですか。

松田:今、申請している企業が増えて、レビューしてもらうまで1〜2年くらいかかるそうです。それまでに、BIAを基にやると決めたことを確実に実行していきます。〈B Corp〉の認証を目指すといっても始まったばかり、やるべきことは多いですし、認証が取れる保証はありませんが、BIAのプロセスを経ることで会社は確実に良くなっていくと思います。