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日本の食卓にのぼる、もっとも身近な〈B Corp〉認証企業の商品といえば、ダノンのヨーグルトではないだろうか。フランス発のグローバル企業・ダノンは、2025年までに世界に広がる子会社すべてで〈B Corp〉認証取得を目指すと表明、ダノンジャパンも2020年5月に認証を取得している。日本の大手消費財メーカー、そして食品業界で初めて〈B Corp〉となったダノンジャパンのCEO ローラン・ボワシエ氏(トップ画像)が見据える、企業活動の未来とは。

「社会の発展なくして、企業の成功はない」

ダノンの〈B Corp〉ムーブメントについて理解するにはまず、創業期から続く企業理念を紐解かなければならない。

1972年、初代CEOアントワーヌ・リブーはフランス南部、マルセイユで開かれた企業家のイベントで、資本主義社会における「企業」の在り方をテーマに登壇した。「There is only one earth. We only live once.(地球は一つしかなく、人は一度しか生きられない)」から始まるそのスピーチは、「成長は、一企業の発展と捉えるべきではない。企業の成長は、社会的・環境的影響を考えた“サステナビリティ経営”と切り離すことができない」ことを訴えた。

今でこそ、企業の成長だけでなく社会への責任を果たすことの重要性が語られる機会は多いが、50年前の当時において、この思想が先進的だったことはいうまでもない。

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ダノン初代CEOアントワーヌ・リブー氏

社会の発展と企業の成功の両立を目指すこの考えは、「デュアル・プロジェクト」と名付けられ、現在までダノンのDNAとして、あらゆる企業活動の根底に息づいている。

「1996年にダノン次期CEOに就任した息子のフランク・リブーもこのコンセプトを継承し、2001年に“Danone Way”というダノン独自で持続可能な成長のための「改善計画・評価ツール」を導入しました。その中にはすでにサプライチェーン・マネジメントシステムに関する評価スコアがあり、私たちと付き合いのある流通業者や地元のコミュニティなどすべて含めて、会社として包括的に社会の発展を考えているか、環境問題に取り組んでいるかなどを評価してきました。それは2017年にできたダノンのビジョン、“One Planet. One Health”(人々の健康と地球の健康は相互につながっている)という考え方に受け継がれています。そういう意味では〈B Corp〉の理念はまさに私たちの企業理念・哲学に合致した評価システムであると考えています。〈B Corp〉認証を得ることは、デュアル・プロジェクト実現のための一つであって、ダノンが、自分たちのミッションを遂行できているという証でもあるのです」

ダノンにとって〈B Corp〉認証は、長年の企業努力の方向性を世の中にわかりやすく提示するものとして、とても優れた枠組みだったのだ。

Z世代にアピールするB Corpムーブメント

「〈B Corp〉認証企業になったことは、会社の競争力にも繋がりました。やはり今の消費者は、健康や環境に対する意識が非常に高く、食品を選ぶ時にもSDGsに配慮しているメーカーや食品を選ぶ傾向にあります。〈B Corp〉認証はそういった取り組みを消費者にアピールすることができます。また“Z世代”と呼ばれる若い人たちは、このコロナ禍においては特に、仕事に対する目的意識が高まっていると思います。隔年で行なっている“Danone People Survey”という社員アンケートの結果では、特に若い世代から〈B Corp〉認証を受けたことに対する評価が非常に高く、実際、従業員の離職率も大きく改善しました。また、ダノンで働きたいという方から届く履歴書の枚数も大幅に増えています。〈B Corp〉認証を取得したことによって、我々のブランド価値は確実に上がっていると思います」

現在、ダノンの〈B Corp〉認証を取得した子会社が世界全体の売り上げの70%を占めているという。各国のビジネス・ユニットは密接につながっているため、取得にあたっては、すでに認証済みの国からさまざまなアドバイスを受けたが、そのプロセスは決して容易なものではなかった。

「最初に、どうして会社として〈B Corp〉認証を取る必要があるのか、そのためには何を変えなければいけないかという認識合わせの勉強会を、社員全員に行うところからスタートし、そのステップに1年くらいかかりました。その後、具体的な作業に向けて、〈B Corp〉のタスクフォースチームを設立しました。〈B Corp〉はさまざまな分野にわたって評価されるので、クロスファンクショナルにメンバーを集めて、〈B Corp〉の評価プロセスを実行していきましたが、非常に厳しい評価スコアシステムを遂行していくので、それだけで4〜5ヶ月かかりましたね」

〈B Corp〉を取得するための評価スコア、Bインパクトアセスメント(BIA)は、製造業から小売業、農業、サービス業まで、あらゆるタイプ、そしてあらゆる事業規模に対応できるよう作られているとはいうものの、その設問はやはり、アメリカの商文化が基準になっている。アメリカ企業だったら当然でも、日本や他の国ではなかなか馴染みのない概念も盛り込まれていることから、そこに対するすり合わせに一番苦労したそうだ。

困難なプロセスをクリアし、ダノンジャパンは85.3ポイント(2020年時点)を獲得して〈B Corp〉認証企業となった。

フードロス、消費者コミュニケーション、そして人材

BIAの5つの評価指標(ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、顧客)の中で特にスコアの高かったのは、ガバナンスと従業員のエンゲージメント、そしてビジョンだったという。

ガバナンスについては「One Person, One Voice, One Share.(一人、一声、一株)」というユニークな制度がある。全従業員を株主の一人と位置付けることで、ダノンの社員は株主として会社に対して自分の意見を述べることができる。従業員にオーナーシップを持たせることで、エンゲージメントを高めることが狙いだ。

またビジョンの実現に関しては、〈B Corp〉認証取得のあとに、社内にビジョンチームを立ち上げた。

「“One Planet. One Health” (人々の健康と地球の健康は相互につながっている)というビジョンを実現するために何をすればいいのかは、なかなかアウトプットが難しかったのですが、このビジョンチームは新たに“One Planet. One Health, For YOU”という取り組みをスタートしました。For YOUとは従業員のことです。

具体的には、まず地球環境のためにフードロスの問題に取り組んでいます。日本でも非常に大きな問題として注目されていますが、乳製品は特に賞味期限が短いものです。原乳が乳牛農家から工場へ出荷され、製品となってサプライチェーンに乗り、小売店の店頭から家庭の冷蔵庫へ入るという長いプロセスの中で、フードロスを減らすために何ができるかということを検討して、アクションに移しています。それから人々の健康では、私たちは長年に渡って栄養に関する消費者への啓蒙や、食品を選ぶ上でできるだけ健康的な選択肢を提供できるようなさまざまな活動を行なっていますが、そこを消費者に向けてきちんとコミュニケーションすることが大切だと思っています。つまり、ただ単に私たちは食品を作って売るということだけではなくて、製造の上流から下流に至るまでのすべての過程の中で、さまざまなアクションを講じている、そしてそのことを〈B Corp〉の非常に厳しい認証プロセスによって評価されたということをご理解いただくことが大切だと思っています。

最後に従業員向けてという点では、私たちは40年以上、日本で事業を展開していますが、日本現地の人材登用は少し遅れていた面があります。そこをもっと強化して、日本の優秀な人材の採用を進めているところです。やはり人材は非常に大切ですので、優秀な方が入社して会社の中で活躍する、そしてその中でご自身も成長することは非常に意義深いことだと思っています。

〈B Corp〉は一度認証を取って終わりということではなく、3年ごとに更新していかなければなりません。次回の2023年に向け、さまざまなアクションを進めているところです」

B Corpムーブメントはヨーロッパを南下する

ダノンが〈B Corp〉ムーブメントを促進する背景にはデュアル・プロジェクトともう一つ、本国フランスで「Entreprise a Mission(使命を果たす会社、Société à Missionとも呼ばれる)」になったことが挙げられる。これは、2019年にフランスで新たに施行された会社法に基づくフレームワークで、利益以外の目標を設定し達成する責任を負う企業として認定されたことを意味する。2020年、ダノンが上場企業で初めてEntreprise a Missionになったことは、フランスで大きく報じられた。

「10年ほど前は、〈B Corp〉はフランスでもあまり知名度は高くありませんでした。やはりアメリカからきたシステムだし……というような声もありましたが、〈B Corp〉を理解しようとすれば、非常にわかりやすく、誰もが共感できるような原則をもとにフレーム化されています。そのため今ではたくさんの企業が賛同して、認証に向けて動いています。

日本に着任する前、私は北欧の担当をしていましたが、既に当時、多くの北欧企業が〈B Corp〉認証を受けていて、それがだんだんと北欧から南下してきたといいますか、今ではドイツ、フランス、それからイギリスでも、〈B Corp〉は広がりつつあります。おそらく日本でも、これからもっと〈B Corp〉認証が注目を浴びて、たくさんの企業が認証取得に向けて動くのではないでしょうか。もしかしたらそれは〈B Corp〉そのものではないかも知れませんが、おそらく求めるところは、〈B Corp〉と非常に似ていると個人的には思っています。

ヨーロッパにはたくさんの非営利団体やNGOがあり、どれも非常に声が大きく、すごく強力な主張をします。そしてそれをもとにさまざまな企業や政治の分野に対して、変化を促すという活動が活発です。ヨーロッパに比べて、アメリカや日本は、主張の部分でまだ声が少し小さいように思います。ただいずれにせよ、環境への配慮やより使命をもった企業活動は、消費者が求めていることだと思いますので、日本も世界も、今後そのような方向に向かうのではないでしょうか」。

ダノンジャパンのwebサイトではB Corpの取り組みがわかりやすく掲載され、「One Planet. One Health ブログ」と題されたページは、〈B Corp〉の5つの指標である、ガバナンス、従業員、地域社会、環境、消費者にカテゴライズされている。

世界基準の「良い会社」の認証を手にし、さらなる社会の発展と企業の成功の両立を目指すダノンの今後を注目したい。