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2021年8月、コロナ禍の中で発刊された『PURPOSE パーパス 「意義化」する経済とその先』の表紙には、「そのビジネスは、何のためにある?」というコピーが大きく示されている。これまでその問いには、シンプルに“利益”と答えるのが正解だっただろう。ただ多くの人々が感じているように、その簡単に見える答えに違和感が生まれてきている。

ビジネスは、何のためにあるのか? それを示す新しい指標のひとつが、今回の特集で扱っている〈B Corp〉認証であり、企業の“大きな目標”を宣言するための〈パーパス〉だ。重なる部分の多い〈B Corp〉と〈パーパス〉を並べてみることで見えてくるものが在りそうだと考え、『PURPOSE パーパス 「意義化」する経済とその先』の共同著者であるTakramディレクターでビジネスデザイナーの佐々木康裕さんにお話を伺った。

パーパスは大きな船

mark 編集長 松田正臣 以降 M)〈B Corp〉の取材を始めてから改めて『PURPOSE パーパス 「意義化」する経済とその先』を読み直したのですが、〈B Corp〉が目指すものと“パーパス”はかなり重なる部分があるなと感じました。

佐々木康裕 以降 S)取り上げている企業は、ほとんど〈B Corp〉認証企業なんですよね。

M)その〈B Corp〉と親和性の高い“パーパス”とはなにかを、佐々木さんの言葉でお聞かせください。

S)パーパスは主観と客観の掛け合わせみたいなところがあると思っています。テックブームや起業ブームの時には、事業において主観や原体験を大事にするナラティブがありました。イベントの時に泊まる場所探しにに困った体験から〈AirBnB〉が生まれたとか、学生の時に飛行機で眼鏡をお尻で踏んで壊しちゃったけど、買い直そうとしたらとても高かったから、手軽に眼鏡を手に入れられるようにしたいとか〈Warby Parker〉の創業エピソード)。このようにパーソナルなストーリーテリングやナラティブを作って、人々の共感を呼ぶ。

ただ、これだけだとマズイぞっていう転機が3つほどあったと思います。ひとつが気候変動、もうひとつが若い人がブランドに社会性を求めるメタトレンド、そして金融機関が社会的使命を果たさない会社にはお金を出さないと言い出したこと。世界最大の資産管理会社〈ブラックロック〉CEOのラリー・フィンクが毎年出す年次書簡〈フィンク・レター〉でこうしたことを表明した。

会社のビジョンとかミッションといった自分たちがやりたいことの意思表明にプラスして、社会課題解決についてもスタンスを取る必然性が出てきた。僕が書いた本では、そのふたつが掛け合わさったものを“パーパス”と定義しています。

M)本の中ではミッションを“小さい船”、パーパスをみんなが乗ることができる“大きい船”と例えていて、とてもわかりやすかったです。

S)まさに、その話をしようと思ったところなんですが、小回りが効いてスタートアップ的にアジャイルでスピーディーに作るという方法から、動きは鈍いかもしれないけれど、多くの人が乗ってきて、いろいろな人の協力を得ながらひとつの目的に向かっていくという方法が求められるようになってきた。

気候変動などは課題のスケール感が非常に大きく、一社で小さい問題を解決するという状況でもなくなってきている。〈Allbirds〉の姿勢にあらわれているように、自分たちだけでは地球に与えるインパクトには限界があるという謙虚な自己認識をベースに、業界全体に自分たちの知見をオープンソース的に行き渡らせることが重要になってきています(注1)

注1 〈Allbirds〉はカーボンフットプリント算出キットをWeb上に公開、オープンソース化している。またサトウキビ由来のソール素材もオープンソースとして公開している。

M)ミッションを会社の個人的な動機付けみたいな感じでとらえていいんでしょうか。その上で、パーパスの中にミッションも含まれる感じ、それが接続して大きな目標に向かっている。

S)その理解で良いと思います。


パーパスは、みんなが乗ることができる“大きい船”

人を集めるためには“意義”が必要

M)こうしたことの背景を伺いたいと思います。本の中でも書かれていますが、1970年代に経済学者のミルトン・フリードマンが「企業の唯一無二の責任は株主への利益還元である」(注2)という株主資本主義を主張してから、2019年にアメリカトップ企業のロビー団体〈ビジネス・ラウンドテーブル〉が「もはや利益をビジネスの最終目標にしない」という趣旨の声明を出すまでの50年間になにがあったのでしょう?

注2 A Friedman doctrine‐- The Social Responsibility Of Business Is to Increase Its Profits

S)ミルトン・フリードマンの唱える新自由主義的な機運が高まった1970年代と2019年の間にアメリカで起こった一番大きいことの一つが、リーマン・ショックです。リーマン・ショックはミレニアル世代が新卒入社するタイミングともろに被ったんです。2008年にリーマン・ショックがあって、彼らが最初の就職に失敗したことが尾を引いた。米国のミレニアル世代は、親が自分の世代だった時より収入が低いという統計があります。それに平均数万ドルの学生ローンを抱えている。オバマも大統領になった時に「やっと私も数年前に学生ローンを返し終わった」って言っていました(笑)。学生ローンの免除や軽減が頻繁に大統領選の争点にすらなることからもわかるように、若い世代たちは経済的に良い状況ではない。

第二次世界大戦が終わってから、消費による自己主張がずっと行われてきましたが、こうした経済的理由によって、なかなかそういうことができなくなってきた。高級時計とか高い車とか、格好が良い服とかそういうことではなくて、商品への背景やナラティブというところに消費者の意識が向かった。若干負け惜しみじゃないですけど、まだ高価なもので自己主張してるの?そんなのダサい、みたいな。そういう流れが意味消費みたいなところに繋がっている。

また、より大きな文脈では、金融緩和によるマネーのダブつきによって企業の資金集めの切迫度が下がり、それに代わって、人材集めの難易度が相対的に上がっていった。人を引き寄せるにはお金だけでは不十分で、働く意義でも惹きつける必要がある。この金融市場とのリンクも無視できないと思っています。


多様な人材を集めるためにも“パーパス”が必要

M)リクルーティングとしても会社をよく見せるということが、必然になっている。

S)パーパスについては、良い社会をという理念はもちろん大事ですが、リクルーティングのような実利も無視できないと思っています。

生活者の声が、消費者の声になり、市場の声となって企業を動かす

M)本の中でも、若者が政府を信じられなくて企業に期待しているという話があります(注3)。そこは自分の感覚とも合致していて、国は遅いし、政治に縛られているし、市場原理ではない。パーパスは良いことだけど、それが生まれた背景は、先程のリクルート競争の話にもあるように市場原理的な側面もある。市場から生まれる自浄作用みたいなものが面白いと思っていて、そこを悪くいう人もいると思うんですけど、そこの観点は佐々木さんとしてはどうとらえますか?

注3 2019年のPew Reserch Centerの調査によると、政府が「正しいことをする」と信じているアメリカ人は17%しかいない。1964年の77%から、半世紀で60%も減ったことになる。(『PURPOSE パーパス 「意義化」する経済とその先』より)

S)確かにそこで自浄作用が働いていると僕は思います。ただ、その話の前に政治的分断に端を発する政治に対する信頼低下は世界各国で起きていて、政府を信頼できない人がざっくりいうと国民の半分くらいいる。メディアも信用ならないとなると、信頼を寄せる先がだんだんと企業に寄っていくというのは、その通りかなとまずは思っています。

自浄作用が資本主義経済の中で自動的に生まれているみたいなことは確かにその通りだなと思いました。その背景にあるのはSNSが大きいとも思っていて、今は良くも悪くもポリティカル・コレクトネスがSNSの中で増幅されていく時代。さらに、Twitterでは個人も会社も140文字しかつぶやけなくて、そこに資本力の差は無化される。1兆円持ってるから1兆文字書けるとかそんなことはないので(笑)。

そこで、社会的に多くの人が見落としているけど大事にすべきジェンダーの話とか格差の話など、これまで無視されていたマイノリティの声が増幅されていき、生活者の声がだんだん消費者の声に変わっていく。そして消費者の声が、市場の声に変わっていって、市場の声に応えるために企業が振る舞い方を変える。こうしたところにパーパスが生まれてきた文脈がありそうな気がしています。

M)パーパスや〈B Corp〉は資本主義を超えるためのツールでしょうか?それとも資本主義をアップデートするものなのでしょうか?

S)資本主義を乗り越えるみたいな大袈裟な話ではないかもしれないと思っています。資本主義的な枠組みの中で、新しい評価の仕方が付加されたに過ぎない。これはそれを是認していいのかというのはあるけれど、〈B Corp〉認証を取得している方がビジネス的なインパクトがある、とならないとそれを採用する人は安心感を感じないなと思っています。それはもしかしたら利益が増えるということではないかもしれない。離職率が下がるとか従業員満足度が上がるとか、長期的には給与も増えるとか、資本主義のルールの中で認められる実利みたいなところに響いたから、〈B Corp〉がこれだけ広まっているというのはあると思う。いまの資本主義と対立構造では捉えない方がいいと個人的には思っています。

ただ、そうじゃない意見を持っている人がたくさんいることは理解しています。本でも紹介した〈セールスフォース〉の創業者マーク・ベニオフも、「私たちには新しい資本主義が必要だ」と言っていて、そうしたスタンスにもとても共感します。

大きい目標をみんなで解決できるか、が大事なポイント

M)日本でのパーパスの事例を教えていただけますか?

S)本を書いた後、パーパスを制定してそれをプレスリリースとして出すという流れは増えてきています。〈バンダイナムコ〉(注4)のようなエンターテイメント業界がこの流れに乗ったのは印象的でした。業界もいろいろで〈サイバーエージェント〉(注5)もちょうど一年前に作ったり、あとは最近は〈グリコ〉(注6)もパーパス制定していたのも目にしました。

注4 バンダイナムコのプレスリリース  注5 サイバーエージェントのパーパス 注6 グリコのプレスリリース

M)プレスリリースを出すということは、社内でしっかり議論しているんでしょうね。佐々木さんが直接携わってらっしゃる〈PARaDE〉(注7)はやはりパーパス・ドリブンで進めているのですか?

注7 中川政七商店Takramによるジョイントベンチャー「ブランディングの根幹となるのは企業が目指すビジョンである」 という考えをもとに、ブランドのビジョンをつくり、コミュニケーション戦略をサポートする。

S)〈PARaDE〉はまさにパーパス・ドリブンでやっていて、同時に、裏プロジェクト的に良い会社を考える会というのをいろんなメンバーを交えてやっています。所謂、〈B Corp〉のように共通の指標があって、それへの合致度、どれだけそれを満たしているかで点数をつけるやり方もあると思います。一方で、自分たちがこう在りたいというもの、それはもちろん社会的な責任も加味されている前提ですが、そこにどれだけ到達しているか、何合目に居るのかかで測るやり方もあるんじゃないかという話もしています。

〈B Corp〉は、いろいろな指標を見ながら、新たな視点をもたらしてくれるという価値がある。議論に参加している全員がBコープをリスペクトしている前提で、もしかしたらそうじゃない原理があるかもしれない、ということで模索しているところですね。

M)社会的責任を果たそうとしている会社や良いことをしている会社はこれまでもあって、多分その方向性が〈B Corp〉と完全にシンクロしているかというとそうじゃないケースも、もちろんありますよね。その会社なりの良いこと、というのはそれぞれ違っていたり。

S)〈PARaDE〉でいうとそういう新しい良い会社の在り方のディスカッションをしています。また〈PARaDE〉としては“社会を変えるのか、会社を変えるのか”でいうと会社を変える方が難易度が低いと思っていて、社会を変えるために会社を変えるところから始めようと。ビジョンの大事さ、社会的課題解決の大事さに共感する会社が集まって活動していますけれども、みなさんの知識とか取り組み具合はばらつきがあるんですね。だから、加盟企業間で勉強会をやったり、明日はまさに加盟企業向けの〈B Corp〉勉強会を実施します。さらに、そこで自分たちが得た知見を外部にどんどん発信していこうという活動をしています。

M)さっきの〈Allbirds〉の話もそうですけど、企業同士がアライアンスを組んでやっていこうという動きが出てきていますね。

S)そうですね。それは大事な観点だと思いますね。そうしたオープン性はこれからの企業活動のデフォルトになると思って、大きい目標をどれだけみんなで解決できるかというのが大事なポイントになっていくと思いますね。

M)これまで見てきたように、パーパスと〈B Corp〉は重なる部分が多いと思うのですが、敢えて違いに触れるとするとどんなところでしょうか。

S)パーパスよりも〈B Corp〉のほうが、賞味期限が長いと思っています。パーパスブームに乗って、いろんな会社がパーパス制定をするのは良いと思うんです。しかし、パーパスには拘束力がなくガバナンスを効かせづらいという問題があります。一方で、〈B Corp〉は数年後にやめたりすることはできないじゃないですか。〈B Corp〉の認証取得は未来へのコミットが込められた行為かなと思う。それを取得することで企業としての振る舞い方のOSが変わる感じになると思うんです。〈B Corp〉は10年、20年と続くものなのでそこがパーパスとの大きな違いかなと思います。

佐々木康裕 Takramディレクター

佐々木康裕 Takramディレクター

ビジネスデザイナー。Takramではデザインとビジネスの知見を組み合わせた領域横断的なアプローチでエクスペリエンス起点のクリエイティブ戦略、事業コンセプト立案を展開。2019年3月、スローメディア「Lobsterr」を共同創業。”ビジョナリーブランディング”を行うPARADEの取締役、ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンター、グロービス経営大学院の客員講師(デザイン経営)も務める。著書/共著に『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)、『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 』(同)、『いくつもの月曜日』(Lobsterr Publishing)等。