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長年、アウトドアのアクティビティを支えてきたレインウェアの技術がいま曲がり角を迎えている。防水・撥水技術を支えてきたフッ素系加工に使われる物質が、地球環境や人体へ悪影響を及ぼすことがわかってきたのだ。わたしたちは、この強力な防水・撥水技術を手放して新しい技術へと移行しなくてはならない。今回〈Patagonia〉がゴア社のePEメンブレンという防水透湿素材を採用して製品を発表したのには、そうした背景がある。

PFCフリーの話をするときに、難しい化学記号を避けて通ることはできない。最初だけ少し我慢して欲しい。PFC、PFAS、PFOS、PFOAと紛らわしい用語が出てきて混乱するが、誤解を恐れず簡単に整理するとPFC(有機フッ素化合物)とPFAS(有機フッ素化合物)は、ほぼ同じ意味で使われる。そしてこの物質は4,700種類以上が存在する。そのPFCのうちの代表的な物質PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(ペルフルオロオクタン酸)が、特にいま規制の対象となりつつある。これらが「永遠の化学物質」と呼ばれ、環境中に長く残存し、人体にも悪影響を与えることがわかってきたからだ。

アウトドアの防水・撥水技術としては、PFOAを使うものを〈C8〉撥水と呼び、2014年頃からメーカーによる自主規制でこの技術を避けるようになっている。そこでPFOAを使わないフッ素加工による〈C6〉撥水が採用されてきた。いわば“PFOAフリー”だ。ただ、PFOAが含まれていないものの、そのほかのフッ素化合物は用いられており、それが環境にどんな影響を与えるかはグレーゾーンとされてきた。そうした有機フッ素化合物を用いずに実現する撥水加工がフッ素フリー撥水、つまり“PFCフリー”と呼ばれているというわけだ。

メンブレンとPFCフリー

アウトドアに精通している読者なら、レインウェアが3層、2.5層、2層などにカテゴリー分けされていることはご存知だろう。3層とは表地と裏地でメンブレン(防水透湿素材)を挟み込んだ構造のファブリック、2.5層なら表地と保護コーティング層でメンブレンを挟み込んだもの、そして2層は表地とメンブレンだけという棲み分けだ。

ここでレインウェアの性能を大きく左右するのが外からの雨を防ぎ、体から発する汗を外に排出して蒸れを防ぐという相反する難しい機能を実現する防水透湿素材=メンブレンだ。GORE-TEXブランドで知られるゴア社の技術の中核もこのメンブレンにある。高い基準が設けられた防水透湿性能を担保するGORE-TEXメンブレンは ePTFE(延伸ポリテトラフルオロエチレン)という素材で作られている。この素材自体は安全なPFCと分類されるが、その製造工程のサプライチェーンで環境への影響が懸念されるPFCが使われていたという。もちろんそれは適切に管理され環境中に放出されていたわけではないが、「責任あるパフォーマンス」を標榜するゴア社は、製造工程全体を通してPFCフリーを実現するメンブレンの開発を進めてきた。そして生まれたのが今回紹介する〈ゴアテックスePE メンブレン〉、つまりePE(延伸ポリエチレン)製のメンブレンだ。

Patagoniaとゴア社のストーリー

この度、この100%PFCフリーの〈ゴアテックスePE メンブレン〉を使用した3層構造のGORE-TEX ファブリクスが、パタゴニアの頂点を飾るアルパインおよびスノー製品に導入された。その経緯と特徴、さらにはPFCフリー製品の撥水性能を維持するお手入れに関して、自身もクライミングやスノースポーツ、フィッシングを楽しむPatagoniaマーケティング部の桑原健人さんに伺った。


Patagonia マーケティング部 桑原健人さん

mark:Patagoniaとゴア社のPFCフリーの取り組みは10年ほど前から始まったと聞いています。

桑原さん(以下敬称略):パタゴニアのプロダクトは環境への悪影響の懸念のあるものは、懸念がないものへ変更していきたく、ゴア社の方にフッ素フリーで作れないかという提案を投げかけました。

そのタイミングでゴア社としても研究はしていましたが、やはり従来のePTFE自体が素晴らしいメンブレンになりますので、それを変えるところに関してはかなりの苦労があったと聞いています。結果、パフォーマンスの基準を変えずに、つまりePTFEと同じ基準をクリアできるものを作るまでに10年かかった。

Patagoniaでもラボテストと、契約しているテスターやアンバサダーからフィードバックをもらって、ゴア社の基準をクリアしつつ弊社の基準もクリアするプロダクトを作り上げていきました。

mark:Patagoniaとして苦労したところはありますか?

桑原:苦労した点は、やはりプロダクトとして高いパフォーマンスをクリアするというところです。今回登場したプロダクトは、山での過酷な環境の中で使用することを想定し、求められる高い基準で作られています。ゴア社としても、今回出てきた新しいプロダクトに関しては、「エクストリーム&エクステンデッド」の用途に向けたゴア社の最も高い基準をクリアしているプロダクトになるんです。

mark:こうしたアルパインカテゴリーの製品に新しい素材を取り入れるのは勇気のいることだったのではないでしょうか?

桑原:そうですね。やはりそこが10年間という期間、ゴア社と研究開発のコミュニケーションをしていて、ファブリックに対しての信頼性が高いからこそ過酷な環境下で使うハイエンドなプロダクトでも使われる結果となっています。その判断が本国とテスターやアンバサダーの中で素早く決断されたことによって、今シーズンからハイエンドモデルでも使用されているという背景になります。

アルパイン・スーツ ¥137,500 / XS-XL (ジェンダーエクスクルーシブ)
山での究極の目標に挑むための画期的なギア。ゴア社の最新で革新的な素材を導入し、頭からつま先までを保護しながら無制限の動きやすさを提供。防水性/透湿性を備えた、PFCフリーのリサイクル素材100%製の3層構造のGORE-TEX ファブリクスを採用し、高山仕様のデザインで、品質に妥協することなく責任ある素材を使用しながら完全なストームプロテクションを提供。フェアトレード・サーティファイドの工場で製造。


メンズ・スーパー・フリー・アルパイン・ジャケット ¥79,200 / XS-L
モダン・アルピニズムに必要なテクニカル・シェルを望むクライマーのためのジャケット。シンプルながら革新的な細部と、最先端を行くPFCフリーの3層構造のGORE-TEX ファブリクスを採用し、嵐をかわしながら着用者の平静を保つ。フェアトレード・サーティファイドの工場で製造。

mark:〈ゴアテックスePE メンブレン〉は、PFCフリーであること、これまでの基準を満たしていること以外になにかメリットはありますか?

桑原:〈ゴアテックスePE メンブレン〉は強度としては非常に高い上に副産物として、ePTFEより非常に薄く作られています。それによってプロダクトベースのファブリックに起こした時にこれまでと比較すると非常にしなやかになる。例えば、弊社の〈トリオレット・ジャケット〉を以前からご存知の方が新しい製品に袖を通していただくと圧倒的に違うなと感じられるようです。

mark:それは消費者目線でもポジティブですね。


メンズ・トリオレット・ジャケット ¥59,400 / XS-L
雪や寒さに対応し、厳しい冬のコンディションで本領を発揮するハードシェルのジャケット。防水性/透湿性を備えた丈夫な3層構造のゴアテックス ファブリクスはリサイクル・ポリエステル100%素材を表面に使用し、DWR加工にも生地にもメンブレンにもフッ素化合物を含まないPFCフリー。フェアトレード・サーティファイドの工場で製造

PFCフリーの流れの中では、メンテナンスがより重要になる

防水透湿素材(メンブレン)は、レインウェアにとって大事な要素だ。一方で、表地の撥水性も防水透湿性能に大きな影響を及ぼす。表地が濡れてしまうと、透湿性能も大きな影響を受けるからだ。今回のファブリックに施されている表面撥水加工は“フッ素フリー”。〈C6〉の撥水と比較した時の大きな違いは“撥油性”には劣るということだ。これはPFCフリーを目指すアウトドア製品が共通して対峙していかなければならない課題だ。

mark:フッ素フリーの表面撥水は結構厳しいというのが使用感としてはあると思うんですが、その辺りはいかがですか?

桑原:基本的には、初期の撥水性能をC6と比較して何かすごく劣っているかといったらそうではないんですよ。ただやはり一つのポイントとしては撥油性、そこなんですね。使っていく中で皮脂もそうですし、汚れはどうしても付着していきます。それが油分に対して撥油性がないというところで、生地表面が汚れたときに水分を引き寄せやすくなる。そのため長期間そのままで使用した場合には、濡れたような状態に見えてしまう。そうすることによって透湿性が初期の段階と比べると減ってしまうということは、今の撥水技術としてあります。そこで大事なのは汚れを落とすということです。

mark:メンテナンスの啓発が大事になりますね。

桑原:そうですね。アウトドアウェアだけれどギアと一緒で、例えばスキー、スノーボーダーの方は滑りに行く前に板のメンテナンスをする。アルパインクライミングをされる方であれば山に入る前にアイゼンやアックスを研ぐ。それと同じ感覚で自分の身につけるものの一つとして、ギアとして、ウェアと向きあっていく。

mark:具体的にフッ素フリー撥水のメンテナンスを教えてください。

桑原:基本的には今までのハードシェルの洗濯方法と変わりません。手洗いでなくても問題なくて、洗濯機で洗っていただいて結構なんですが、できればアウトドアウェア専用の洗剤で洗っていただく。弊社ではストームという洗剤をご案内しているのですが、もちろんフッ素は含んでいません。他にも余計なものが入っていない。市販のものですと、例えば漂白剤、柔軟剤、界面活性剤など色々入っているものも多くあり、それらは撥水を阻害してしまうんです。


(左)ストーム・アパレル・ウォッシュ ¥880(右)ストーム・アパレル・プルーファー ¥1,430

専用のもので洗うことがベストですが、洗わないよりももちろん洗ったほうがいい。そこで大事なのはすすぎで、洗濯成分が残ると撥水が阻害されてしまう。

洗濯で汚れを落とした後、しっかりと自然乾燥させてください。その後乾いた状態で乾燥機に入れる。または当て布をしてアイロンをかけることで撥水機能は回復します。

markk:1回乾かしてから乾燥機に入れるんですか?

桑原:そうなんですよ。例えば洗濯機からそのまま取り出して乾燥機に入れてしまうと乾燥機の中で、湿度がすごく残る。そうではなくて、完全にドライな状態で乾燥機に入れる。

mark:これは知らない方も多いと思うので、役に立つTIPSですね。業界がフッ素フリーに向かうのは決まったことだと思うので、どうみんなでやっていくかという話ですね。

パフォーマンスと環境負荷低減を両立していく責任

ゴア社のGORE-TEX ブランドは、圧倒的な認知と信頼を得ているブランドだ。それは彼らが「責任あるパフォーマンス」を標榜していることに表れている。その“責任”にはユーザーの信頼を損なわないパフォーマンスと共に、責任を持ってものづくりをするという姿勢にも繋がっている。「責任ある企業」を目指すPatagoniaが、ゴア社と長きに渡って協働できているのも、そうした部分の共感に根ざしているのだろう。そしていま、ユーザーであるわたしたちが、“パフォーマンスと環境負荷低減を両立していく”選択をする責任を負うべき時がやってきているのではないだろうか。