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自身のバックグラウンドに触れ、“速さ”への挑戦を明かしてくれたepisode1から、episode2では飛躍の鍵となった“トモさん”ことウルトラトレイルの第一人者、井原知一さんによるオンラインコーチングの話へ。大人になってから100%信頼できる“師弟関係”を持てるって最高ですね。

※【episode1 スピードへの挑戦】はこちらから。

“降って湧いたような”オンラインコーチングの話

実はここ数年で、「次は何をするの?」と聞かれることにすっかり疲れていた。自業自得だけれど、期待されることには重圧を感じていた。2020年、令和。記念すべき新世代に、わたしはなにをするのか。モヤモヤした気持ちのまま締め切りに追われていた2019年師走。思わぬ話が舞い込んだ。

スターバックスで甘いチャイティーラテを飲みながら、仕事の打ち合わせをしている時のことだった。相手は知人のトモさん。井原知一。日本屈指のトレイルランナーだ。100マイルレースを主戦場に国内外で結果を残し、これまで完走した100マイルレースの数は55本。彼が最近始めたコーチングについて取材をしていて「はぁ、なるほど」などと相槌を打っていた。

「あ、エマちゃんも、オンラインコーチング受けてみる?」

思いがけない言葉に3秒ほど固まった。
そして、店内に響く声で答えた。

「や、やります!」

そうして、わたしはペン先が潰れんばかりの筆圧で、手帳に力強く書いたのだ。“速く走れるようになる”、と。明日から、わたしのコーチはトモさんだ!

トモさんのオンラインコーチング【Tomo’s Pit】。のトレーニングが1月2週目から始まった。Tomo’s Pitのオンラインコーチングは、TRANING PEAKSというアプリケーションを使う。主にサイクリストの間で支持されているトレーニング手法のひとつ、「パワートレーニング」を管理するツールだ。カレンダーにはコーチによってトレーニングメニューが入力され、そのとおりに練習をする。ページ上には色んな数字やグラフが躍っていたが、最初はよくわからなかった。とりあえず、便利な共有カレンダーといった感じだ。

「レストは何曜日にする?」

「週末に山にいくことが多いので、月曜日ですかね」

「了解!じゃあ月曜日ね」

聞かれたことに何気なく答えたつもりだったが、後からカレンダーを見ると月曜日以外がぎっしりとトレーニングメニューで埋まっていた。レストは週に1回という意味だった・・・。2020年の月曜日は52回だ。わたしの366日のうち314日をコーチにゆだねることになった。

いきなりのスピード練習、わたしの身体の中には時計がない!

「目標は?」
速く走れるようになりたいという漠然とした思いはあったが、目標はなかった。「まだ特に考えてないんですよ」なんて言葉しか出てこなかった。曖昧な返答をしてしまったモチベーションの低い自分にそわそわしてきて、それから1時間で目標を決めた。

1)フルマラソンを3時間15分以内で走る
2)ウルトラマラソンを10時間以内で走る

トレーニング初日。よっしゃ、やるぞと意気込んでTRAININGPEAKSのカレンダーを見ると「400mレぺテーション」と書いてあった。レ?レ?ペテーション?

人生でスピード練習なるものをやったことが一度もない。夕方になって公園まで行くと、薄暗くて地面に書いてあるはずの白線と距離表示がよく見えない。そうか、明るい時間にやればよかった。距離はなんとか目を凝らして線を見るとして、ペースは左手につけたSUUNTO、タイムは右手でiPhoneのストップウォッチを使った。

無理!走りながら3つのことをやるなんて無理!

何?みんなどうやって練習しているの?疑問に思って検索してみたら答えは簡単だった。いまどきのスポーツウォッチは距離もタイムもラップ数だって教えてくれる。設定を変えれば時計がなんでも教えてくれた。そんな使い方を全く知らず、いままで高級掛け時計を腕に巻いていたようなものだ。

レぺテーション、タイムトライアル、テンポ走、ヤッソ800、1000mインターバルと日々練習メニューが組まれていく。Tomo’s Pitのコーチングは【週単位】で計画され、週単位で経過を追う。月曜日が休足日、ポイント練習は週に2~3回、隔日。その間は回復日としてジョグが組まれている。一般ランナーの多くが月間走行距離という指標で積み上げがちだけど、トレーニングルーティンを考える、記録をモニターする、オーバートレーニングを予防するという意味で週単位であることの意味合いは大きい。

週末は山に行く予定が無ければ問答無用で峠走や長めのインターバル、あるいはLSDが入っていた。土日は負荷を積み上げて、また月曜日に休足する。初月は毎回初めての練習ばかりで、新鮮で楽しかった。コーチがそれぞれの目的を教えてくれて、設定ペースが細かく指定されている。でも困ったのは、“全力の8割くらいで”と言われても、わたしにはわからなかったことだ。なぜならそもそも大人になってダッシュをしたことがない。

頻繁に時計を見ていないと、速すぎたり遅すぎたりした。わたしの身体には正確にペースを刻むことのできる時計が備わっていなかった。出し切り方もわからず、オールアウトもできない。血の味がするってそれ、どんな味?

汚れたキッチンが鏡になるまで磨くわたしは、オンラインコーチングに向いている

一週間も経つと、自分はオンラインコーチングに向いていると直感的に感じた。わたしは部屋にモノが多くあまり片付いていないけれど、片付け始めると細かいことまで気になって仕方がない。この間はキッチンの掃除を始めたら自分の顔が写るくらいまで磨き上げて鏡面にしてしまった。ものぐさなわりに気になり始めると、とことんやらないと気が済まない。

TREANINGPEAKSの仕様のひとつに、トレーニングの達成度を色で示す機能がある。与えられたトレーニングを予定通りに完了すると緑色に変わる。距離や時間がちょっと多かったり少なかったりすると黄色、大幅なズレはオレンジ、やらなかったら赤。その赤がまたどギツイ色で、警告!やらなかったな!サボったな!と言わんばかりに真っ赤になる。わたしはカレンダーを、全部緑にしたい。緑で埋め尽くしたい。どんなに仕事で忙しい日も与えられたメニューをこなすために時間を作った。雨のなかゼェハァいいながらスピード練をした。クールダウンのジョグがあと30秒足りなかったら、家の周りを30秒行ったり来たりしてタイム通りに走った。カレンダーが緑に変わるのを見て、満足して眠りにつく。たまに黄色い花が咲いてもいい。でも赤く染まることだけは許せなかった。

一方で、わたしは自分に甘い怠けぐせもある。その点、オンラインコーチングはごまかしが効かない。TREANINGPEAKSがスポーツウォッチと連動していて、トレーニングを終えると自動で記録がアップデートされる。GPS機能や心拍計との連動で、何時何分に、どこを走ったのかがわかるし、登りでサボって歩いていてもバレる。どのくらいのピッチで脚を動かしているのかもわかるし、心拍数からどのくらい苦しいと感じているのかもわかる。今日は朝起きてすぐ走ったんだとか、夜までズルズルと練習せずに慌てて走ったな、というのもわかる。疲労度や調子はグラフで表され、毎日の「わたし」が記録されていく。今日のわたし、昨日のわたし、一週間前のわたし。コーチがたとえ香港出張に行っていても、わたしの日々は、常にコーチのもとへ届く。どこに居ようがどこへ行こうが常に「全宇宙から見られている感じ」は逃げ場がなく、とにかくやるしかないというものだった。

コーチは画面の向こう側にしかいない。やるのは自分だ。たったひとりで走り続けなければならない。いままでずっと1人で走ってきたから、群れなくとも1人で練習するのが得意なこともまたオンラインコーチングに向いていた。日々黙々と、与えられたメニューを与えられたとおりに行わなければ、なりたい未来像になかなか近付けない。「もうどうにでもしてください」と言わんばかりに身を委ね、言われたとおりに走り続けること。それがはじめの一歩だ。生活サイクルも、苦手なことも、はじめてやることも、いままでの自分を180度変えなければならないことが、たった1ヶ月でたくさんあった。だけど楽しむしかない。壊れて、変わっていく自分を。

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中島英摩

中島英摩

京都府生まれ、東京都在住。登山やトレイルランニングの取材・執筆をメインとするアウトドアライター。テント泊縦走から雪山登山まで1年を通じて山に通うほどこよなく山を愛する。トレイルランニングではUTMBやUTMF、トルデジアンなどのメジャーレースでの完走経験を持つ。昨年11月、つくばマラソンを3時間27分40秒で完走、今年1月の勝田全国マラソンで3時間10分27秒に大幅更新。翌週奄美大島で行われた100kmレース「奄美ハナハナウルトララン」で優勝するなど、目下絶好調。