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北杜市の〈sun.days.food〉に続き、向かったのは〈和食おすし若〉。小澤一敏さんと妻のマキさん夫妻が営むこのお店は、すし屋とも和食屋とも簡単に言い表すにはもったいない。暖簾をくぐると、小澤さんが腕を振るう美しい和食とおすし。そして旬の山菜の滋味を味わい、めずらしいキノコにワクワクする体験がまっている。和食、すし屋でありながら、お酒はナチュラルワインという型にハマらない感じも楽しい。山菜とキノコは、夫婦で山に分け入って、採ってきた天然物。季節に応じて移ろう料理が、訪れるたびに新鮮な驚きと感動をあたえてくれる。独自のスタイルをもち、しなやかに進化を続ける〈和食おすし若〉が表現するのは、土地を反映した味だ。

父の店だった、地元のおすし屋

―店内の内装が素敵ですね。まずはこのお店のことを教えてください。

先代である父が「若鮨」という名前で切り盛りしていたお店で、創業40年ほどになります。韮崎市若尾という地名から一文字とって「若鮨」。よくある“地域のおすし屋”さん的なお店で、地元住民の集会や冠婚葬祭などに利用されていたんです。

―老舗ですね。一敏さんがお店を継いだのはいつからですか?
5年前ですね。それまで僕はニュージーランドにいて、料理の仕事をしていました。もともと日本で8年くらい料理をしていて、少し自信がついてきたときに向こうに渡ったんですね。日本食が海外で武器になると思ったんです。また海外でやるっていうのは幼い頃からの夢でもあったので。実際に行ってみると、日本人のシェフは人気あるのでもてはやされるというか、どこでも働き口が見つかる土壌でしたね。ニュージーランドを選んだのは、英語を覚えたいっていうのと、自然が豊かな環境が好きだからです。

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―帰国後、お店を継いだんですね。
日本に戻ってきたタイミングで、「若鮨」の使っていない場所を利用させてもらうことになって。もともとすし屋だけで営業していたお店、どうやったらお客さんに足を運んでいただけるか。ひとまず内装を改装して、営業していました。

あるとき、昔からの常連さんがカウンターに座っていたんですね。そのときの話題が山菜やキノコの話で、「一体なんの話をしているんだろう?」と。興味をそそられて詳しく話を伺ってみるといろいろと教えてくれたんです。おもしろそうだな、と思って自分でも調べたりし出したのが、現在の〈和食おすし若〉のスタイルになるスタート地点だったと思います。そこから自分たちで野菜を作ってみたり、天然物の食材をとってきたり。

―常連さんのふとした会話がきっかけだったんですね。

ワインを出すようになったのも〈wine shop soif.〉さんがオープンしたことがきっかけです。Soif.さんのお客さまで、ワインの生産者の方々も、来店される機会も増えました。彼らの話を聞いていると。やっぱり根本にあるのは美しい自然のもの。僕らがやろうとしていることと共通するものを感じたんですね。表現の方法がワインであるか、料理であるか、の表現の方法が違うだけで。

土地に反応して、変化を続けるスタイル

―コミュニティの繋がりも影響して、徐々に現在のお店のスタイルになっていったんですね。

そうですね。それこそ〈sun.days.food,〉さんで出会って仲良くさせていただいているアーティストの方が、うちのお店にも来ていただいたり。お店同士が循環しているというか。そういうお店って、やっていることは違えど、やっぱり共通するなにかがある。お客さんに対しては、わざわざお話もしないので、ただ美味しいもの食べに来ていただいた人に、ちょっとこういう雰囲気を感じてもらえればいいんじゃないかなって思ってます。

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山菜は、セリ、フキノトウ、カンゾウ、エゾノキンセンカ。

―お客さんの反応はいかがですか?
本当のはじめのころ、一瞬居酒屋みたいな雰囲気になった時期があったんですね。でも僕が求めている雰囲気じゃないなって思ってやめたんです。お店の雰囲気を変えたことには、賛否両論ありましたし、山菜を料理に出していたら『採ってきた草で金を取る店だ!』と言われたこともあったり(笑)そういった方はいらっしゃらなくなりましたが、逆にワインが好きな方や、音楽好きのお客さまに来ていただけるようになって。

―共感してくれる人が自然と集まって定着していったんですね。

山の食材っておもしろい

―山菜に興味をもつきっかけになった常連さんは、キノコ採取を生業としている方ですか?

それが、普通の大工さんなんですよ。ただやっぱり、僕も子どものころを思い出すと、この辺のおじいちゃんたちの会話はそんなことばっかだったなと。その大工さんも、キノコと山菜はあくまで序章で、秋のメインイベントとして蜂の子を取りに行くんです。こっちでは蜂の子のことヘボって呼んでいるんですけど。それをみんなで採りに行って、ご飯に混ぜて食べる会が「ヘボの会」。実際に僕らも食べてみたら、すごく美味しい。食べすぎると鼻血が出るくらい元気になる。

―昔は、虫が貴重なタンパク源だったんですね。

蜂がメインで、そのついでに山菜・キノコを探すみたいな。探す蜂は、黒スズメバチっていう蜂なんですけど。地面に巣を作る。その巣を見つけるために、地上で蜂を捕まえて、赤だったり青だったりする色のついた紐を3匹にくらい結んで一度放すんですよ。巣に入っていったら、2ヶ月間くらい記録をしておく。記録している間にキノコを採取して、松茸まで採り終わってくる時期(11月頃)には、大きく育って熟成したいい感じの蜂の幼虫が、巣に詰まっている。

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―おもしろい、すごいスキルですね!

ヘボが採れる可能性は低くて、キノコ採りで山に入った人に踏まれてることもある。運よく採れると、「今年は採れたよー!」って大きい巣ごと持ってくる(笑)。巣の中に煙幕を入れて気絶させた状態で持ってきて、いざ解体すると、働き蜂、働き蜂、働き蜂、女王蜂、っていう階層になっているのがよくわかって、まさに小さな宇宙なんです。女王蜂は価値があってサイズも大きい。食べ方は、シンプルにオリーブオイルと塩で炒めて、つまみとして。その時期にはお客様にも出してみたり。ワイン好きの人は、興味をもたれますね。

―テロワールを感じるところに、ワインとの共通項があるのかもしれないですね。

素材との対話、実験と実践の積み重ね

―キノコの採り方は、師匠に教えてもらうんですか?

はじめはそうですね。ただ一緒に行ったことはなくて、みんなそれぞれ自分の城をもっていて、秘密なんです。だから僕らが自分たちでいろんなところに出向いてキノコや山菜を持ち帰って、「これは大丈夫」「これはダメ」とか鑑定してもらっていました。それで大丈夫なものってだいたい1個くらいしかないんですよね。食べられるものに似たものが2〜3種類ある。そのなかで、大丈夫なものを見極めるのはすごく難しかったです。そういう時期を乗り越えて、今は見慣れちゃってるけど、たまに迷うときもあります。

見極めに関しては、今は師匠より自分たちの方が詳しくなっちゃってるから、天ぷらとかにしてみて、ピリッとしたら辞めとくか、とか。わかんないやつは食べないです。命懸けの商売ですよね。

―キノコって何種類くらい採れるんですか?

結構あります。夏と秋で種類は大きく変わってくるんですけど。だいたい6月終わりから7月くらいに夏きのこ、ポルチーニっていわれる、ああいう洋食っぽいキノコが出てきて……。レアなのは松茸。同じ舞茸でも、もちろん全部味が違っていて、美味しいものも美味しくないものもある。見た目によらずって感じです。基本的に一年中採れますけど、猟師さんが山に入る時期は入れない。いろいろ種類を楽しんでもらえるので、季節のキノコは天ぷらの盛り合わせにしてお出しすることが多いです。

―握るおすしは、どんなこだわりがありますか?

さっきの話にも通じますが、おすしもテロワールを意識しているかな。ニホンミツバチの蜂蜜を、シャリを炊く時にちょっと入れています。近所にニホンミツバチを飼ってる方がいるんですよ。商売じゃなく趣味で作られているその方の蜂蜜が、ものすごく美味しい。ニホンミツバチはセイヨウミツバチと違って、巣から半径200mまでのエリアでしか行動できないらしくて、その限られた範囲の花の蜜しか吸ってない蜂たちの蜂蜜ってどんなんだろう?って。この辺りは春になるとすごくたくさん花が咲くので。その蜂蜜を入れて炊くことによって、すごく保湿力と、舌触りと、艶が出て、めちゃくちゃよくなるんですよ。それも研究の結果で、今そうしています。あとは水。富士山の方の天然の水を大きいタンクに汲んで、軽トラックで持って帰ってきて炊く。コーヒーなんかもそうだけど、すごく軟水、超軟水なので、出汁の馴染みがいいんです。次に挑戦したいのはかまど炊きですね。徐々にそういう風にゆっくり変えていければ。

―2人で実験されているんですね。

まだまだ全然、ほんとキリがないですね。進化したい、と思うので先輩方をみて学んでいます。おしゃれにしたいなって思った時期もあったけど、あるとき無理にやらなくてもいいって気づいたんです。それより、「つくし採ってきたよ」っていう方がちょっとニッチでおもしろいじゃないですか。

和食おすし若
山梨県韮崎市大草町若尾1190
営業時間 昼11:30〜13:30 (L.O.)夜17:30〜19:00入店ラスト
定休日 水〜第三火曜日