fbpx

パーマカルチャーとは、「パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、そして文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法(パーマカルチャー・センター・ジャパンHPより)」。1970年代にオーストラリアで提唱され、世界に広がった暮らし方のひとつの提案だ。

山梨県北杜市でこの春からパーマカルチャーを実践し始めたのがヨガインストラクターのMIKAさん。彼女が手入れする古民家と畑には、心地よい風が吹いていた。

感覚に従う

「Google mapではたどり着けないので、近くからは青い瓦屋根を目標に来てください」そう聞いていた通り、MIKAさんの古民家は住所では特定しにくい畑に囲まれた民家の、そのまた奥にひっそりと佇んでいた。車を停めると、作業しやすいカバーオールを着たMIKAさんが畑から現れて「いらっしゃい!」と、とびきりの笑顔で迎えてくれた。すごく素敵な場所ですね、と声をかけてみる。

「富士山と南アルプスと八ヶ岳が全て望める場所は北杜市でも貴重なんですよ。このエリアは移住者のニーズが高くて、良い土地はすぐに売れてしまう。だからこの辺りを自転車でくまなく走り回って、自分の足でこの場所を見つけました。この古民家を見つけてぴんと来て、お隣のお家にトントンってして、持ち主の方に繋いでいただいたんです」

築100年以上と推定される平家の古民家の隣には土蔵もあり、扉を開けると季節外れの夏日にも関わらず中からひんやりとした空気が流れ出す。蔵の窓からはくっきりと甲斐駒ヶ岳が望めた。母屋の南側の一段下がった土地が、この春から彼女が丹精しているメインの畑で、西側にはまだ手付かずの土地も残っている。南西側には雑木林があり、雉子(きじ)も住んでいるという。

この恵まれた土地でパーマカルチャーを実践しようとしているMIKAさんだが、つい最近までビール会社で研究職に就いていた。

「大学では農学部で食品化学を学び、大学院では機能性食品について研究していました。その後ビール会社に就職し、5年間研究職を務めました。その最初の3年間にやっていたのは醸造担当として現場でビールの品質を評価する仕事です。朝8時からビールを飲んで、“うーん、発酵が足りなくて未熟臭がしますね”なんてやってましたよ(笑)」

食品に関わる仕事としては、まさにエリートコースを進んでいたMIKAさん。職場は楽しかったが仕事は忙しく、自らの暮らしを蔑ろにしながら働くことに疑問を感じるようになっていった。

「きっかけのひとつはやはりコロナです。スーパーから物がなくなる事態に直面して、生きることの基本をお金や物流に依存している暮らしに違和感を感じるようになりました」

その“違和感”に素直に反応し、行動を起こすのが彼女の人並外れたところかもしれない。あまり先のことを決めることなく職を辞し、ヨガインストラクターをしながら神奈川県相模原市藤野にあるパーマカルチャーの啓蒙施設〈パーマカルチャー・センター・ジャパン〉のワークショップ で農とともにある暮らしを学び始める。そしてそれを実践する場を求めて巡り合ったのが、北杜市の古民家と畑だった。

「学生時代に世界を見てみたいという感覚に従って、親にも相談せずに一年休学して世界を旅しました。その時は不安も大きかったけど、行動して結果的に素晴らしい体験ができた。それからは自分の感覚に素直に従うようにしています。仕事を辞めたことも、この場所を見つけたことも、そうした感覚を大事にして決めたことですね」

森が自然に育つ仕組みを活かす

パーマカルチャーは1970年代にビル・モリソンというオーストラリア人によって提唱された。農業に関することだけでなく、建物やコミュニティの在り方など生き方全般を包括的にデザインして持続的な生活を送るための知恵の集積といったようなものだ。関心のある方はぜひ彼の著作『パーマカルチャー 農的暮らしの永久デザイン』を手にとってみて欲しい。効率的な畑のデザインからセルフビルドで作る建築、エネルギーの有効利用など具体的な手法が図解入りでたくさん提案されている。

そのパーマカルチャーが理想とするのが「食べられる森」。自然の力で自律的に循環している森の仕組みを農に活かそうというものだ。MIKAさんの畑を見下ろすと、パーマカルチャー農法の特徴が見事に表現されている。中心にはトマトが植えられ、その周りを取り巻く畝は輪作のエリア。同じ畝で何年も同じ作物を作ると土中の微生物の多様性が失われ連作障害を起こしやすくなる。そこで作付けエリアを移動しながら、土の状態をよりよくしていこうという考え方だ。MIKAさんの畑ではこの輪作用の畝が円状になっているから、視覚的に輪作で作付けを変えていくイメージがしやすくなっている。

「最初からこういうデザインと決めていたわけではないんですが、やってるうちにシンボル的なマンダラガーデンみたいなイメージが湧きました。微生物環境が偏っちゃうので輪作が必要な作物はそこに。微生物の多様性を確保するために、スプレッドシートにしっかり計画を作って準備しました。いったんここで作っちゃうと戻せないから、どういう循環で作ろうかなって頭を悩ませて」

一方、じゃがいもはネギと一緒に育てることで土壌病害虫の繁殖を抑えられて連作が可能になる。いわゆるコンパニオンプランツという組み合わせで育てる方法だが、植物同士が共生することで病気を防ぐなどの効果がある。

「他の畝もコンパニオンプランツで育てていて、ひとつの畝の中に3種類くらい入ってるかな。一緒に植える植物同士の高い低いといった多層性も大事。こうしたことはパーマカルチャーの考え方ですね。目指すは森です。森が自然に育っているその仕組みをどう活かすか。小さな森を作れたら、人が頑張らなくても作物ができる」

じゃがいもとネギの組み合わせは地植えとタイヤガーデンのふたつを同時に試し、結果を比べている。「廃タイヤが熱を吸収するのか、こちらの方がぐんぐん大きくなりますね」と試行錯誤も楽しんでいる。そのほかにも作業がしやすい鍵の穴の形をした〈キーホールガーデン〉や、石を積んで螺旋状に組んだ〈スパイラルガーデン〉など、パーマカルチャーのアイデアが実践されている。

「スパイラルガーデンは高低差を作った割に陽が全部に当たっちゃってますね(笑)。このスパイラルの底の部分には池を作る予定なんですよ。湿地ができるからいろんなエッジが生まれる」エッジ効果(接縁効果)はパーマカルチャーの考え方のひとつで、異なる環境が接する縁の部分では、豊かな生態系が形成されるというもの。

「こうしたエッジを作ることでカエルがくるかもしれないし、そのカエルが虫を食べてくれるかもしれない。湿地が好きなミントは池の近くに。ローズマリーは乾燥が好きだから上の方に。あと石があるとそこに微生物や生き物が集まってくるからそれも大事。でも多様性とかいいながら、すごいムカデとかでてきて、“うっ”となったりしますけど(笑)」

観察することの大切さ

何もなかった土地にゼロから畑を創造していくことは難しくないですか、と尋ねてみる。すると「ここに座ってぼーっとしている時間も大事なんですよ。自然に対して感覚が鋭くなって、いろいろなアイデアが湧いてくる」と答えてくれる。

しばし会話を止めて、畑をわたる風に吹かれながら周囲を見渡してみる。するとそれまで気づかなかったいろいろな物が目に飛び込んでくる。岩陰から岩陰へとするすると移動していくカナヘビや、目の前の草にとまって羽を休めるてんとう虫、遠くの雑木林では雉子の鳴き声が鋭く響き渡る。辺りの雑草もよくみると一様ではない。春先につくしが出るスギナやスイバが多く生えているのは土地が酸性だからかもしれない。春の七草のひとつナズナ(通称ぺんぺん草)が地面を覆っているのは、放置されていた土地でも養分が残っていることを教えてくれる。

「パーマカルチャーって答えがあるわけではないんです。その土地に合わせて創造的に作っていかなくてはいけない。知性を試されているとも感じます」

観察し、感覚を磨き、与えられた環境に合った手を打っていく。パーマカルチャーを実践するということは身体的な作業であると同時に高度に知的な作業でもある。

小さな循環から始める

「パーマカルチャーを実践してますなんていえないですよ、いまはまだ。長年実践している人はいるけれど、本当のスタート地点ってなかなか見る機会がないじゃないですか。最初ってどうやるのって思う人はいるし、私も実験している。完璧じゃないからこそ伝えられることって必ずあるから、そういうことを発信できる人になりたい」

MIKAさんはこれまでもヨガや、自然と触れ合うリトリート〈ëighten〉を主宰することなどを通して人々と自然を繋ぐことを続けてきた。自然と繋がりたいという気持ちを抱えながら、その具体的な手段を持たない人にどうやってきっかけを掴んでもらうかというのがテーマのひとつだ。この畑と古民家を得たことで、彼女の活動はより包括的になりそうだ。
「畑もそうだし、山でのリトリートもそうだし、ヨガもそうだし、自分のできることでみなさんが暮らしを見つめるきっかけを作れたらいい。わくわくしながらやらないと続かないし、わくわくし続けることが持続可能に繋がる。心地よさに従って動いたら続くじゃないですか。こうやって循環するんだという気づきのきっかけになれたらいいですね」

MIKA

MIKA

大学院時代、単身で世界を放浪し、訪れたインドのリシケシでヨガに出会う。 帰国後全米ヨガアライアンスRYT200を取得し、ヨガ講師として活動を開始。 ヨガイベントの企画運営や、自然と自分と仲間と繋がるコミュニティ〈ëighten〉を立ち上げ、山登りとヨガを掛け合わせた”山とヨガのリトリート”を主宰。 2021年7月、拠点を東京から山梨県北杜市に移し、パーマカルチャーの考え方をベースに、自然と人間が共に豊かになる暮らしを実験中。