fbpx
近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第三回は、インポーター〈ヴィナイオータ〉代表、太田久人さん。

ナチュラルワインを嗜む人であれば、一度や二度ならずワインボトルの裏ラベルに「ヴィナイオータ」の名が記載されているのを見たことがあるはず。

24年前からイタリアを中心とした自然な造りのワインや食品を輸入している「インポーターの老舗」という顔もあるが、代表の太田さんの想いを表現する場でもある。その表現の範囲は輸入業だけにとどまらない。

茨城県つくば駅から車で10分ほど、田園が広がる自然豊かなエリアにヴィナイオータの本社がある。同敷地内には、太田さんのご自宅、〈だだ商店 だだ食堂〉が隣接している。「だだ商店」は、全国から届く様々な食材や野菜が買え、お惣菜の持ち帰りもできる小さなスーパーのような店。「だだ食堂」では自社栽培のお米や野菜などを使った日替わりの定食が人気。地下セラーで選んだワインを購入して飲むこともできる。

地下の階段を降りていくと、巨大なワインセラーであり売り場が待ち受けている。ストックだけで約7万本。インポーターがやる小売店=アンテナショップかと思いきやさにあらず、他社のワインも扱う。同銘柄でも複数のヴィンテージが揃っている風景は壮観だ。

心地よさを備えた美味と、造り手の熱量

ナチュラルな造りで生産されるワインを主に、ワインの造り手が手掛けるパスタやオリーブオイルなどの食材もインポートするヴィナイオータ。数あるプロダクトのなかからそれらを選び、日本への仕入れを決める判断の”基準”はあるのですか、と訊ねると、まずは『おいしいこと』が前提だという返答が返ってきた。

「A5ランクの牛肉もおいしいし、カップラーメンもおいしいと思う人もいる。いろんな”おいしい”がありますが、それらは僕の理想とする“おいしさ”からは外れているんですね。僕の考える美味、『美しい味』は、その瞬間の快楽だけではなく、後々の心地の良さが備わっているものの事を指す言葉なのです。食べるって、明日への命を繋ぐための行為。ですので、昨日食べたもののせいで胃もたれなどを起こして、次の日生きづらくなっていたとしたら、本末転倒なんです。食べたり飲んだりしている瞬間に感じるおいしさだけではなく、食べ心地の軽さや、消化吸収のしやすさも含めてのおいしさだと捉えています」

食品であれ、ワインであれ、極端な施肥に頼らずに栽培された原料でつくられたプロダクトに食べ心地(飲み心地)の軽さが宿ると太田さんは言う。

その”おいしい“の感覚は、当然ワインも例外ではない。味わいの良さだけにとどまらず、飲み心地が軽やかで、次の日にも残りづらいものを突き詰めていった結果、自然なつくりのワインが多かっただけである。太田さんにとってナチュラルな造りのワインというのは、彼の理想とするワインであるために必須な要素かもしれないが、それだけでは取引を決めるための十分な理由とはなり得ない。ナチュラルなワインのインポーターとして知られている彼にとって、ナチュラルであることはゴールではなくスタートなのだ。

sample alt

まずは「心地よくおいしい」こと。そしてその上で、造り手の熱量が不可欠である。

「おいしいだけでなく、何かしらのエモーションをもたらしてくれたり、心が動かされるようなプロダクトであることが大切です。仮に100人の腕の立つ演奏家がいたとして、その中の一握りの人だけがヒトの心を打つ演奏をする…言い換えるのなら、100人ともヒトの感心程度なら勝ちとることはできるが、感動にまで全員が到達するわけではない。逆に我々は、幼稚園の発表会などを見て感動する…もちろん子供の成長を実感してというのもありますが、一生懸命に取り組む姿に心を揺さぶられるのかと。つまり…人が心を動かされるためには、技術以上に熱の部分が大切ってことなんじゃないでしょうか」

sample alt
sample alt

「造り手が国家のような存在だとしたら、インポーターはその国の日本駐在大使のようなもの。大使が駐在国ですべきミッションなど明らかで、その国の特徴、美しさ等を熱苦しくPRすることです。僕としては、大使としての仕事を全うするだけにとどまらず、各造り手にとっての”最大のパトロン”でありたいという野望があります。パトロンとは、後援、支援、賛助、奨励をアーティストに対して行う人のこと。概ね道を定め、圧倒的なアイデンティティをすでに放っている、造り手(アーティスト)には、より世間で認知されるための支援をする。逆に、まだ完成にまでは至っていないけど、燃えるような情熱があり、自然、土地、文化を敬い、“自分(自我)”と“土地、年、ブドウを余すことなく表現したワイン造り”を同時に探し求める造り手を見出したのならば、その彼の輝かしい未来を信じて励まし、時には意見をし、投資(買い支える)する…。前者だけと取引を始める方が、楽だと思うのですが、後者のようなこともしていかないとナチュラルワインが内包する理念の拡がりは望めないと考えています」

日本だけでなくイタリアのナチュラルワイン界でも、ヴィナイオータ、そして太田さんはよく知られている存在だ。20年以上前からヴィナイオータで取り扱っているワインの造り手が、今やレジェンドの域に突入しはじめていることもそ理由の一つ。若い造り手たちにとっては、憧れの存在ともいえるようなレジェンダリーな造り手からの支持&信頼が厚いため、若い造り手から家族のように可愛がられている日本人。若い造り手から、メールやメッセンジャーなどで熱いプレゼンが届くのだそう。

「僕が惹かれる人たちって「僕のワイン飲んでくれ」より、「まずは畑や自分の仕事を見てくれないか」っていう方が多い。ハードな土地であればあるほど、見に行かないとわからない。まったく農業機械が入れないような場所なら、コストもかさむし、一人あたりの栽培面積も小さくなる。出来上がったワインの値段と味だけでは、そこは判断できないわけです。コスパだけでは説明しきれない価値が実感としてある造手だからまずは「見てくれ」という風になるんだと思います」

sample alt

ワインに個性を与える、土という存在

ワインを造ることと、土という存在は切っても切り離せない関係。改めてその関係性について、太田さんに言語化していただいた。

「ワインは、自然と造り手の間に生まれた子供のような存在なのだと思っています。天と地、そして天と地を繋ぐ存在のブドウの樹と、ブドウの樹を通して自然(天地)とコンタクトをとる造り手。”天”とは、その土地特有の気候やそれぞれの年にある独特の天候、そして”地”は畑の立地や土壌特性のこと。僕自身、その土地、その年、そのブドウ、そしてその造り手だけが持つ個性が余すことなく表現されていることこそが、ワインが備えるべき美だと考えていますので、ワインにとって最も重要な要素の1つが土であるという事に異論の余地はないと思っています」

ブドウの個性を話をする上でも、土は切り離せない。

「香りであれ、味わいであれ、我々がそのブドウ品種の特徴だと信じているものは、正確にはブドウ品種自体の個性とそのブドウが植わる土地が持つ個性を掛け合わせたものなのではないでしょうか。例えばシャルドネという世界各地で栽培されている品種がありますが、僕も含め多くの人が、ブルゴーニュのものを基準にしてシャルドネという品種に対するイメージをつくり上げているように思います。しかし純粋にブドウ品種のみを比べるのであれば、厳密には水耕栽培で比べるべき。そのブドウの樹がどこかの土地に埋まっている時点で、ブドウ品種そのものと、土地の個性との掛け合わせになっています」

事前に「土を感じる」というテーマで、ワインを1本選んでいただいた。セレクトいただいたのは、カンパーニア州「Miniere 2016/デル アンジェロ」だ。

sample alt
Il Miniere ミニエーレ _/カンティーネ _デッランジェロ
鉱山、採掘所を意味するミニエーレ。グレーコ種
sample alt

「彼のブドウ畑は、1860年代から120年もの間稼働していた硫黄採掘所だった場所の真上にあるんです。畑の土を手に取って嗅ぐと、硫黄の匂いがするんですよね。近くで採掘していたくらいですから、畑の土に硫黄の香りがあるのは普通としても、その畑で獲れたブドウで造るワインにも硫黄の香りを感じるのです。土が、ワインという液体のキャラクターに大いに関わっていることが証明されているようで、非常に興味深いですよね」

オーガニックという言葉の本来の意味

「無農薬で有機質の肥料を使うから、”有機”なのではなく、様々な事が有機的(オーガニック)な関係性/相関性を保ちながら、無駄なく循環する形の農だったからこそ、有機と呼ぶようになったのではないでしょうか。化学農薬、化学肥料が開発されてまだ100年と経っていません。つまり、作物を育てる過程で起こる病害虫の発生といった、人にとって都合の悪い事に対して、積極的に介入できるようになった歴史はまだ浅く、それ以前は調和を意識した農業しかなかったわけです。有機であれ、自然農であれ、自然への敬意や謙虚さ無くして成立しない農業は、手法論ではなく、携わる人の生き方、思想、哲学、自然観が反映されたものであるべき」

「昔の農家は、穀物、野菜、果物、家畜家禽など、その土地で育てられるものは自分たちで一通り育てていました。例えば牛を1~2頭飼っていたのなら、飼料用に牧草も育てていたはず。そして牛の糞を堆肥化したものを畑に還せば、地力が回復し、豊かな実りをもたらすことも体験的に知っていました。植物→動物→糞→堆肥→植物…このサイクルを意識することが、オーガニックの根幹なのだと思います」

有機農業同様にナチュラルワイン造りも、手法論にとどまるのではなく、造り手の理念や自然観を体現するものでなければならないと言う太田さんは、敷地内の造園を通じて、土中環境を整えることの大切さを改めて認識した。

「ヴィナイオータの敷地の造園をお願いしている、高田造園設計事務所の代表・高田宏臣さんの言葉が印象的です。彼曰く『ちゃんと呼吸する大地。水捌けが良く、空気の流れもある大地なら、微生物環境も自然と良くなる。そういった環境さえ実現できたのなら、無農薬栽培は比較的容易なものとなります』と。つまり手法論としての無農薬でなく、無農薬が容易に実現できる環境を、きちんとクリエイトすることが重要なんです」

sample alt
sample alt

また「土」を象徴するエピソードとして話してくれたのは、イタリア・ピエモンテの生産者カーゼコリーニ(Case Corini)のこと。惜しまれながらも昨年亡くなってしまった彼だが、世界的な農学者でもあった。もともと家業でワインを生産していたため、学術面でのライフワークとしてもブドウ畑を利用していたそうだ。

「カーゼコリーニのロレンツォは達観した視点をもっていました。例えば、高低差がある一つの区画では場所によって自生する草花の植生も変わるのですが、その場所場所にある生物多様性を維持することを常に意識していました。草刈りもブドウの成長や農作業の妨げにならない限り行わず、刈る際も草花の種がこぼれたことを確認出来てからするようにしたり、全ての草を刈らず一部を残し、必ず動物や昆虫などの隠れ家を用意してあげたり…。そしてブドウ畑の中の話だけにとどまらず、畑の周囲にあらゆる種類の樹木があることも、様々な動物を呼び込む上でも、病害虫の蔓延を防ぐ意味でも、非常に重要だと。『ほら見てごらん、私のブドウ畑の周りには森があり、その向こうには牧草地、そして牧場もあるよね。あっちの方には畑があって、そしてまた森があり…。この多様性に満ちた環境こそが、ナチュラルな農業、そしてナチュラルなワイン造りを可能にしてくれるんだよ」と目を輝かせて話していたのを今日のことのように思い出します。

土中環境をデザインして、健やかな土地をつくる

敷地ををぐるりと一周しながら数年、高田さんの力を借りて進めているという敷地内の土中環境の整備、造園について詳しく伺った。

「『自然』の反対の言葉ってなんだと思いますか? 僕は“人工”ではなく“反自然”だと思っています。我々人間は、自然を破壊するだけの力を持つようになりましたが、あくまでも自然の一部。ですから、自然への敬意が込められた我々の行為なら、自然と同化することができると思うんです。ワインの造り手たちの姿勢からそういうことを学んで、僕自身もやれることをやりたいなと。普段話す言葉や考えることに、説得力と一貫性をもたせることが僕にとってはとても重要なことなので。『無農薬のワインを扱っています』って言いながら、庭に除草剤を撒いてたらおかしいじゃないですか」

「敷地の杉林がどんどん薮化してしまっていたので高田さんに相談したところ、杉皮を剝がして立ち枯れさせてしまう“きらめき間伐”という手法を教わったんです。杉が徐々に枯れていくと、地面に日が差すようになる。すると、今まで文字通り日の目を見ることがなく、芽吹く機会を奪われていた実生の樹たちが芽を出すんです。ほんの少しチャンスを与えるだけで、育ち出す。一度人工林にしてしまった林でも、ほんの少し手を加えてあげるだけで、また森に戻りそうな気配が感じられます。そういう作業をしていると、人間も自然の一部なんだと実感しますね。杉林同様に、藪化していた竹林も整備していて、枯れ竹や間引いた竹で竹炭作りもしています。竹炭は、土壌の微生物環境を整えるための土壌改良剤としても使えますし、今後我々人類が自らの存亡のためにも取り組まなければならない、炭素固定を進めていくのにも有効だと言われています」

  • 人工林だった杉林は、光が差し多様性を取り戻しつつある(左)太田さん自宅は純日本風な木造建築(右)
  • 膨大なワインが貯蔵される地下倉庫に続く扉(左)定期的に手入れをしている竹林(右)

土中環境の整備は、この建物(だだ商店 _だだ食堂)の埋め戻しについての相談から始まった。重いコンクリートの建築物が地面を圧し潰し、その結果地下水脈さえも圧迫し、水捌けを悪くしてしまっていると感じた太田さんは、この土地に対してある種の罪滅ぼしの意味も込めて、埋め戻し方法を検討したそうだ。そして昔からずっとそこにあったかのように感じられる、だだ食堂の窓から美しい庭。その植栽も、実は建物を建てたあとから手を入れたものであると聞き、驚く。

「地下のワイン倉庫の天井の上に庭がある状態なので、実は地中は50cmくらいの深さしかない。植物にとってはかなりタフな環境だけど、そういう場所でも健全に育つように、水捌けが良くなるような工夫をしてもらっているんです」

sample alt

知れば知るほど、発見がある土中のデザイン。自然から間借りしている土地であること胸に留め、この土地の先住民である樹木に対してもリスペクトを払いながら、開発を進めたい、と太田さんは話す。これからは敷地内に果樹も植えられるよう、ランドスケープを徐々に整えていく予定だ。10年先、20年先の未来、ここ土地に一体どのような風景が広がっているのだろうか。真の意味で、環境を整えるための開拓はこれからも続いていく。

ヴィナイオータ
茨城県つくば市東岡88-3
vinaiota.com

だだ商店 だだ食堂
茨城県つくば市流星台56-3
商店 月曜日定休 11:00-18:00
食堂 日・月曜日定休 11:30-18:00 (お昼の定食 火〜土曜 11:30-14:00)
dada2020.com
instagram.com/dadadavinaiota