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人間の腸内には一人一人が異なる腸内細菌叢(腸内フローラ)を持っており、それが生命活動に大きな役割を担っていることはmark2022年5月〈BODY & SOIL〉特集記事『体内で生きる共同生活者、腸内細菌叢を知ること』でも取り上げた通り。

では、ウルトラマラソンをはじめとする長距離に及ぶ激しい活動は腸内細菌叢にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

日本アルプスを日本海から太平洋まで縦走するトランスジャパンアルプスレース2020(TJAR)に参加した選手のレース前後での腸内細菌叢の変化を調査した順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の鈴木良雄 教授による論文がネイチャー・リサーチ社によるオンライン学術雑誌「Scientific Reports」で公開されました。

もともと2019年にフルマラソンを終えたばかりのランナーの腸内で増加するベイロネラ(Veillonella)が運動能力と関連しているという海外の論文が注目を集め、さらにそのVeillonellaが100マイルの山岳レースにおいても完走したランナーの腸内で増えていたことが報告されていました。

このVeillonellaは日本人の腸内ではあまり多くない菌ということで、フルマラソン以上の距離を走ることで日本人の腸内細菌叢がどのように変化するかを明らかにするために行われたのが本調査。

スタートから31時間後に荒天のため中止となったTJAR2020に出場した選手のうち38〜44時間以内に96.1km(上り 8062m、下り 6983m)の新穂高温泉に到着した9名の選手を対象に調査が行われました。

その結果の中で特に注目すべきは個々の細菌のレース前後の変化。様々な病気の患者で減少が観察されている酪酸産生菌のフィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(F. prausnitzii)が減少していることがわかり、このF. prausnitziiがレース前の4.75%から、レース後に0.68% (− 85.7%)と最も減少した選手は、レース後にだるさや浅い眠りがあったことが報告されています。

また、380種の細菌のうち有意な減少が観察されたF. prausnitzii を含む4種類の細菌はすべて酪酸産生菌だったことにも着目。腸内細菌叢が産生する酪酸は免疫機能などに重要であることが明らかになっていることからもわかるとおり、ウルトラマラソンによる酪酸産生菌の減少が体調に悪影響を及ぼした可能性が指摘されています。

一方でレース後のVeillonellaの腸内細菌叢に対する構成比は1人を除いて0.1%未満で、レース前後で有意な変化は観察されなかったという結果は、前述した2019年に話題になった海外論文とは異なる内容だったことも注目すべきポイントです。

活動量の多いTJARのようなレースにおいて、腸内の酪酸産生菌の減少がパフォーマンスに悪影響を及ぼしている可能性があるとすれば、その減少を防ぐための補給食の摂取や日頃の食生活のケアなどで予防することができるかもしれないことを本調査は導き出しています。

また、日本人に多いB型腸内細菌に特徴的な結果である可能性があるということで、今後継続される検証にも期待が募るというものです。

原著論文
タイトル: Alterations in intestinal microbiota in ultramarathon runners.
タイトル(日本語訳): ウルトラマラソンランナーの腸内細菌叢の変化
著者:Mika Sato, Yoshio Suzuki
著者(日本語表記): 佐藤美花、鈴木良雄
著者所属: 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
DOI: 10.1038/s41598-022-10791-y
https://www.nature.com/articles/s41598-022-10791-y