しおまち商店街の入り口のそば、瀬戸田港がすぐ目の前に広がり潮風が心地よい場所に〈SOIL Setoda〉はたたずむ。大きなガラス窓を開放すれば、外と内の境界が曖昧になり、風通しの良い半室内に。ラウンジスペースでは、PCを開いて仕事をしている人、観光マップを広げている宿泊客、コーヒー休憩で談笑しているカップルなどそれぞれが自由にくつろいでいる。
〈SOIL Setoda〉は宿泊施設としてだけでなく、様々な機能を合わせもつ。時間帯に合わせて、カフェや料理を提供する1Fの〈MINATOYA〉は、気軽に立ち寄れる港の食堂のような存在。2Fには、ドミトリーと個室の客室がコンパクトにまとまっている。すぐ隣の塩蔵(瀬戸田で製塩業が盛んだったことを偲ばせる)を改装した建物は、〈Overview Coffee〉の焙煎所とお土産を販売するショップ。観光案内所として、レンタルサイクルやツアーガイドもある。
島民の声から生まれた宿 SOIL Setoda
「島の人たちとしっかりコミュニケーションできる場所を作る目的で〈SOIL Setoda〉が生まれたんです」
〈SOIL Setoda〉を運営する〈しおまち企画〉の鈴木慎一郎さんは、周辺の地域おこしも絡めてそもそもの経緯を教えてくれた。
4年前に瀬戸田で〈Azumi setoda〉のプロジェクトが立ち上がった。〈Azumi setoda〉はかつて製塩業や海運業で栄えた堀内家の、築140年の旧邸宅を改修・復元した現代の日本旅館だ。アマンリゾートの創設者で、世界的ホテリエのエイドリアン・ゼッカ氏が手がけたことでも話題となる。ただ宿泊施設を新しく建てるだけでなく、しおまち商店街の町おこしもスタートした。
「ラグジュアリーな日本旅館をいきなりポンと作るといっても、地域の方の理解、リレーションが取りづらいですよね。なので、まず『いま港の前にどんな機能が欲しいか?』というワークショップから始めました。地域の方も含め、多い時で180人くらい集まっていただきました。いろいろな意見や要望をヒアリングして、内と外がうまく循環できるように作った場所、それが〈SOIL Setoda〉です」
しまなみ海道が通っている生口島の中でも瀬戸田は海道とは逆側のエリア。主な観光機能は商店街の反対側の方に集中してしまっていた。せっかく宿泊施設を作るなら、こちら側にも観光案内の機能も欲しい。地元の若い人は勉強できるカフェのようなスペースが欲しい。〈Azumi setoda〉より少しカジュアルに泊まれる宿も欲しいーー。などなど島の人の声を拾い上げ、徐々に地に溶け込んでいく場所へと計画されていった
「開業して1年ほど経ったタイミングで、地元の人から『SOILが瀬戸田に馴染んできているね』ってお声がけいただいたことが印象的でした。周囲の方に受け入れてくださっている感触はありますね。しおまち商店街も、入り口側に宿泊施設ができたことで、行ったり来たりする人の流れを作ることができました。ある意味、島っぽくない“新しい”施設ですが、その上で馴染みやすい機能とコンテンツデザインを仕掛けている。さらに『都会からきたかっこいい感じ』でやるよりはもっと別の角度から攻めていきたいと思ったんです」
地域に溶け込めるように、と結成されたのが「しおまちブラザーズ」。島のアイドルユニットとして親しまれている“しおブラ兄”の顔をもつ鈴木さん。ちょっとダサくて可愛いキャラクターを目指し、アンバサダーとして島の魅力を発信する。〈SOIL Setoda〉下地作りとして始まったこの活動は、この場所が完成したことで役目を終え、現在休止中。「しおブラとしてやりたかったことは、全部ここににもってきました」と話す。島の魅力を知り尽くした経験は、旅人の案内にも役立っている。
「ビーチもあるし、島としてはこれから盛り上がる季節です。おすすめはSUP。僕がここにきて一番好きなマリンアクティビティです。潮の流れが1日の時間帯で結構変わるので、潮流に合わせてスイスイ進みながら、進めば進むほど景色が変わっていく、景観が美しいです。夏に向けてSUPツアーも企画中ですよ」
瀬戸田に移住する前、鈴木さんは、オーストラリアのメルボルンに1年間のワーキングホリデーで滞在中だった。この仕事の企画を機に瀬戸田(生口島)へ。国内外問わず多くのバックパッカーたちが集まる、東京の蔵前のホテル兼バーラウンジ〈Nui.HOSTEL & BAR LOUNGE〉で住み込みで働いていた時期もあった鈴木さん。その縁も手伝って、会社代表の岡雄大氏とは、既知の仲だったそう。SOIL立ち上げに関わり移住した彼に、都市との違い、島での暮らしぶりを聞いた。
「5年くらい住んでいた東京も、いろんな人が居て、いろんな場所があって刺激が多いところが好きでした。でもコロナの2年間では、東京で仕事や生活する意味が自分の中では無くなって。瀬戸田に引っ越してきて、こうして宿ができると、逆に来てくれる面白い人が多いんです。興味を持って向こうからいらっしゃるので、より仲良くなれますし。求めていた刺激、今はこっちにありますね。島での暮らしは、圧倒的に空気が心地よくて、住んでいるだけで自分の生活の質を上げてくれている。じつは海はあまり得意じゃなかったんですけど、穏やかな瀬戸内海のおかげで好きになりました。満潮の時の海がめっちゃ気持ちいいんですよ。干満差が4m近くあるんですが、満潮のタイミングで仕事の合間を見つけて、15分だけ泳ぎに行っています」