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近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第六回は、〈國津果實酒(くにつかじつしゅ)醸造所〉中子具紀さん。

三重県名張市は、小さい規模ながら、古くからの葡萄の産地である。醸造所に向かう道中にも、畑の木からぶら下がる白いかけ袋と、「ぶどう狩り」の看板が多く目に留まった。

國津果實酒醸造所は今年で設立4年目。廃校になった小学校の1階部分、もともと職員室や放送室だった部屋が改装され、醸造スペースになっている。普段の作業は、妻の野乃花さんと二人三脚、ときに数名のアルバイトスタッフが助っ人として入る小規模なワイナリーだ。

だれもが気軽にワイン造りができる場所

圧搾機の作業を続けながら、インタビューに答えてくれた中子さん。今日は伊賀市の農家さんが、自身が育て収穫した葡萄を持ち込んでおり、ごく少量単位でこれから醸す予定なのだとか。

國津果實酒醸造所では、委託醸造も行う。ここは中子さん夫妻の畑で育てる葡萄〈ナチュラルポップライフ〉のほかに、葡萄農家さんや、ワイナリーを立ち上げ、独立を志す人などさまざまな人がこの場所に集い、気軽にワインを造る。プロ向けすぎる雰囲気にはせず、できるだけカジュアルに造れるような場になるように、というのが中子さんの理想だ。

「造っている農家さんが思い描くワインになるように、醸造は農家さんご本人にお任せし、必要に応じてサポートしています。醸造を完全にうちで請け負う場合には、どんなワインにしたいか、っていうのを伺って造ります。完成のイメージがある方がやりやすいけど、“お任せ”も多いので、その場合は仕込む葡萄をみて決めています」

醸造を依頼される場合もあれば、ワイナリーの独立準備を進める人が、自分の場所を本格的に動かすまでの期間に、この場所を利用する”準備期間の場所”としての利用もある。

「ワイン造りを学び始めてちょうど10年くらい経ちますが、キャリア的にはまだまだ駆け出し。海外での研修期間が6年、この醸造所を開所して4年。自分ひとりでの判断で醸造をしたのはまだ4回しかない。だから醸造の数値をしっかりと記録に残しています。この作業を一生懸命やって、結果をメモしておく。データを積み重ねて、ベストなやり方を抽出していきたいんです」

  • (左)発酵の段階で毎日計測し、ログを残している。(右)糖分の重さを測る比重計。

研修時代から、実験が好きだったという彼は、Phや温度などの数値から液体の状態を観察、分析している。その後の細かな作業を調整して徐々にワインへと導いていく。

葡萄を栽培した人が主役

ワイン造りにおいて大切にしていることを尋ねると、彼は迷わず「第一は葡萄農家」と答えた。醸造所からリリースされるワインのエチケットには、すべて葡萄農家の名前が記されている。

「適当な葡萄では造らないこと。生産者誰かわかりません、みたいな葡萄を買うのも嫌なんです。言い訳にできるじゃないですか、葡萄があかんかったからって言いたくない。まずいとか、良いとかっていうよりも、造り手が見えない葡萄は扱わないっていうのを大切にしています。あとは醸造を引き受けたら、責任をもつ。葡萄が良いっていう前提で、僕に依頼してもらっているわけだから、そこはしっかりしたいなと」

今月リリースしたばかりのワイン。(左)Budou to Ikiru White 2021 (右)菅野紅(くれない)2019

中子さんは当初、自分の畑の葡萄だけで小さい醸造所を作る予定だった。地元名張で場所を探していたタイミングで、市の地域おこしのプロジェクトチームから声がかかり、廃校舎を受け継ぐことに。当初の構想よりも、規模が大きくなった醸造所を運営していくにあたっては、必然的に買い葡萄(自社栽培でなく、栽培農家の葡萄を買い取って造る)という選択肢も視野に入れることになる。

「基本的にはヴィニェロン(フランス語でブドウ栽培とワイン造りまでする生産者)として葡萄を育てて醸造をしたいと思っていますが、それにしてはここの規模が大きすぎるので、買い葡萄をやらないと運営できない。フランスで研修していた当時、ボスが「葡萄がすべてです」っていう話をずっとされていて、原料に最大限のリスペクトを持ちたいと思っています。自分がもし今後、買い葡萄をやるとしても、ワイナリーをアピールするのではなく、葡萄を一生懸命育てた農家さんの名前を出していきたいと、ずっと思っていたんです」

契約栽培者探しははじめのうちは難航したものの、生産者と買い手を繋げてくれる協力者の助けもあり、現在は5組の農家の葡萄をしているそうだ。山形置賜エリアで50年以上葡萄栽培を続ける菅野忠男さんや、同じく山形の若手の栽培者チーム〈葡萄と活きる〉さんなど、素晴らしい葡萄がここに届けられている。

日本でのワイン造り

中子さんは2010年に渡仏、フランス・ローヌ地方で〈ラ・グランドコリーヌジャポン〉大岡弘武氏に師事しワイン造りを学ぶ。その後、スペインへ渡りオリヴィエリヴィエール氏のものとで1年間修行した。スペインは中子さんの母の祖国で縁も深い。「スペインに帰ってワイン造りをしよう」という当時の中子さんの考えをひっくり返したのは、あるときたまたま口にした山梨のワイナリー〈ボーペイサージュ〉のワインだった。衝撃を受け、生まれ育った日本でワイン造りをしようと決めたのだそう。帰国後は数年間、滋賀のワイナリー勤務を経て、名張へと戻った。

本人曰く、自然派という意識は特にはないのだそう。周囲のリアクション次第で、造り方を調整したり、別のワイナリーで経験があるアルバイトスタッフに意見を求めたりと、美味しいワインの味を追いかける姿勢はとても柔軟、そしてしなやかだと感じた。

「あとは、ワインをもうちょっとカジュアルにしたいっていうのもありますね。〈ぶどうと活きる〉さんの尊敬しているところは、副業でしっかり農家をしているところ。そのスタイルがすごくいい。ワインだけで食べていくって結構厳しい。副業でも、少量でもよいので、一生懸命葡萄をつくって、楽しくワインを造って、気軽にリリースしたりする段階に日本ワインはきているんじゃないかなって思うんです。クラフトビールに近い世界観で。そうすると、この産業全体が盛り上がる。いろんなところから批判が飛んできそうすけど(笑)そう思います」

國津果實酒醸造所

國津果實酒醸造所

三重県名張市神屋1866 kunitsu-wine.com Instagram:@kunitsu_wines