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近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第七回は、〈青山小西商店〉鈴木洋介さん。

表参道の賑やかな大通りから離れ、路地を抜けた一角に〈青山小西商店〉がある。店構えは商店の名前の通り、街の酒屋さんというイメージがしっくりくる。ここ数年のワインブームが手伝い、都内にはワインショップが急増したというが、〈青山小西商店〉はその中でも老舗の枠に入るだろう。

店主の鈴木洋介さんは、ワイン販売歴15年以上。ワインを買い求める人に、まず質問するのは、自分で飲むのか、誰かと飲むのか。それともプレゼントとして誰かに委ねてしまうものなのか。グループで飲むことを想定していたら、どういう人たちとどういう雰囲気で飲むか。ギフトであれば、相手にどういった気持ちで渡したいか。…….気がつけばセラーの中での相談は、30分以上経っている場合もザラである。細かにシュチエーションを聞き、じゃあどのワインにする?と相談に乗ってくれる。だいたいいつも3本ほど候補を見繕ってくれるので、その中から1本選ぶというのがふだんの接客スタイルだ。

「初めからご案内するワインを決めているわけではなく、話を聞いてから決めています。常連さんだと、その方のパーソナルな部分や好みが既にわかっているので、次はこれいかがですか?とか、合わせる料理の話をしながらノリノリですぐに決まるパターンが多いですね。初見のお客さまだと、話をしにいってビビられちゃうこともあるし、嫌がる方もいます。自分で選びたいんですけど、みたいな(笑)」

ナチュラルワインファンも涎垂のレアものも、潜んでいる。どこに何があるかも含め、鈴木さんと話した方が絶対わかりやすい。

「通販だったら好きなものを探して買う。ここでは完全に僕を介してワインを選ぶ。ネットと真逆のことをしていると思っています。だから話をしてみて、想定外のワインが出てきてそれが美味しかった、好きだったパターンが一番面白がってもらえると思うので」

「僕は、最初からナチュラルワインがすごく好きで、という理由でお店を始めたわけではないんです。青山という土地柄、ここで普通のワイン屋をやったらいいんじゃないかという考えもありつつ、青山で売れそうなワインをただ店に置いておいて、レジの前に座っているっていうことはできなくて。このマンツーマンのスタイルになるんです」

マンツーマン販売の原点

鈴木さんのワイン経歴は、30歳になる少し前に始まった。バンド活動を続けながら、ギタークラフトマンの職を目指していた。

「20代では、ミュージシャンのオーダーに合わせて機材を作ったり仕入れたりする仕事の勉強をしてたんです。そんなとき、父親の身体の不調もあって、21歳の時にこの店で家業を手伝い始めました。当時はまだナチュラルワインには出合ってなかったんですが、同じ『小西』の屋号を持つ別のオーナーに誘われて、丁稚奉公したのがきっかけでワインの勉強を始めたんです」

『小西』は銀座に本家があり、酒屋としては150年以上の歴史がある。暖簾分けされるかたちで、都内には複数の『小西』の屋号を名乗る店舗があり、それぞれのオーナーの色がある酒屋なのだとか。ワインを中心に取り扱っている『小西』も数店舗あり、そのうちのひとつが中野坂上の〈藤小西〉で勉強を始めた。

「お客さんの方がワインに詳しいし、毎日聴き馴染みのない言葉ばかりで。でもお店の閉店後から明け方まで、試飲しながら、人の書いたワインコメントを読んで知らない言葉を地道に調べていました。店頭で接客をしていて感じたのは、買う人にものすごく熱量があるということ。楽器もそうですけど、これ良い!ってものと出合える感動があるんですよね。だからこちらも、相互のやりとりを大切にしたい。僕の販売スタイルは、一人一人にかける時間はかかるけど、こうしたいというよりは、むしろ自然とこうなってしまう、という感じです」

飲む状況の細部にフィットしたセレクトを

今回はシュチエーションを想定して、鈴木さんにワインを選んでもらった。接客のライブ感はぜひともセラーの中で体験してもらいたいが、飲む場所や人を設定し、想像力をフルに活用した細かな情景描写と、合わせるワインの具体的なポイントは聞いているだけでも楽しい。

夏とはまた違った風景の山に出掛けたくなるこの時期に合わせて、「野外でしっとり飲む」をテーマにしたセレクトをお願いした。

「夏とは違う楽しみがありますよね。秋らしい食材を持ち込んで、冷たい空気の中で焚き火を囲んで。夜の山や川の環境は五感が研ぎ澄まされ、木や草の香りがして、神経的な昂りもある。香りも空気感も室内とはまったく違うから、ワインも心安らぐもの、しっとりしていくものを選びたいです。かつ、赤果実や黒果実の香りがキャンプ、火の熱でふわっと立ち上がってくるものにしたらいいんじゃないかなと思って……。ハーブのニュアンスや、空気中の青い香りとの交わりを楽しめるものにしました」

(左)カリーム・ヴィオネ/シェナ V.V. キュヴェ ノエミ 2020
産地:フランス ボジョレー、シェナ地方 葡萄品種:ガメイ
「果実の味わいが、ふわっと感じられます。シェナは骨格もしっかりあり、彼特有の果実から立ち上がるアロマもとても綺麗。ジューシーで体にすっと染み込んでくる感じは、とても落ち着いたトーンでホッとするワインです。香りの中には繊細さ、エレガントさ、チャーミングさもあって、とても表情が豊かなワインだと思いますね」

(中央)ムーンダーラ/オールド・スクール・ネッビオーロ2018
産地:オーストラリア
葡萄品種:ネッビオーロ 
「オーストラリアで栽培したネッビオーロは、色合いも透明感があり、あまりシリアスな雰囲気でもないので、するするとした飲み口。でもネピオーロらしく高貴な部分も感じます。干し葡萄のようなしっとりさ、香りもツンとした感じがあるけど口の中に含んでみると、柔らかな甘さ、エレガントな滑らかさがありますね。ワインのスムースな感じもあるので、ソロキャンプにもおすすめしたい1本です」

(右)ニコラ・アルターレ /ドリアーニ 2020
産地:イタリア、ピエモンテ地方
葡萄品種:ドルチェット
「プルーン系の果実の香りを感じますが、味わいはとても優しくて気難しい感じがない。口に含む感じは田舎っぽい感じがあけど、洗練されているんです。田舎っぽいって言葉を使うのも、どこかホッとする部分に通ずる。気負ったワインではないけど、ストラクチュアはすごくあるので、レストランで飲みたいワインでもあります。同じ生産者のワインでほかに『バルベラ』と『ネピオーロ』があるんですが、キャンプなら『ドルチェット』かな」

2つめのテーマは「自宅で食べる鍋」。この時期、店を訪れる人からの相談も多いお題だ。鈴木さんは食事のリズム感や、スピード感を想像しながらワインを選ぶ。

「野菜や、具材を満遍なく器に取り分けて、ワインをスーッと飲む。冷たい喉の感触があって、また鍋に箸を伸ばす。口の中を染めるようなワインではなくて、お出汁のような旨味があり、果実のフレーバーがほどよく余韻にも残っていくものが良さそうです。鍋を食べる独特のテンポ感と、ゆっくりと噛み合っていく。ワインの存在感が食事の間に挟まってくれる、カジュアルな印象のものを探していきましょう」

(左)アンドレ・ステンツ/シルヴァネール2020
産地:フランスアルザス地方 
葡萄品種 シルヴァネール
「際立って力強いタイプではなく、逆にほっとする、昔ながらのアルザスの田舎らしいワインです。口に含んだ時にボムッとくる果実感が印象的。甘すぎず、黄色いフルーツを感じさせてくれてミネラルの酸、柑橘のほろ苦味。余韻まで果実の印象を残しながら、スーッと綺麗に引いていってくれます。うまみと果実のフレーバーがしっかり残っている余韻で、鍋をいただくイメージ」

(中央)クォーサ・ワインズ/オレンジ・ワイン・ドリンカー2021
産地:チリ
葡萄品種;ソーヴィニヨン・ブラン
「ライムのような青さが特徴的で、その中に柑橘のほろ苦みもあり、酸のビシッとしたところもあるんですけど、どこかふんわりとしている。オレンジワイン特有のマンダリンのような柑橘の香りもあり、シャープすぎない感じです。青い感じが心地よく残ってくれて、それがハーブのニュアンスのようにも捉えられます。合いそうなのはアジア系の鍋。例えばレモングラスを使っていたり、ハーブを使ったエビの団子を入れた鍋やスパイシーなもの。カレー粉との相性もいいと思います」

(右)プティ・ボノーム/ピプレット2021
産地:フランス ローヌ地方
葡萄品種:グルナッシュ、ノワール主体
「チャーミングなチェリーのような、いちごのような印象のロゼワイン。アルコール度数がしっかり13.5あるので、余韻も抜けすぎずしっかりと支えてくれています。ボディがあることで、口の中でしっかり広がってくれる。鮭を使った鍋とか、寄せ鍋、塩、お醤油ベースの鍋でも、スルスルと飲めるかなと。赤ワインだとトゥーマッチだけど、こういうワインを少し冷やしてゆっくり飲むのもいいですよね」

星の数ほどあるワインから
自分好みを見つける

「みなさん意外に、自分で何を飲んでいるのかわからず飲まれているパターンが多いです。例えば産地を意識することは、ワインを飲み慣れていないと難しいことだと思うんですけど。ひとつとっかかりを覚えておけば、じゃあ同じ地方の違う生産者のワインを飲んでみようっていうふうに派生していく。そうすれば、繋がりやすいです」

自分の好きなワインがどこのポイントにあったか(生産地、生産者、葡萄etc)。とっかかりを見つけることが、美味しいワインにたどり着く近道だ。

「ただ美味しいというだけではなく、そこに“あの時こういう風に飲めたのがよかった”って、シュチエーションの要素が絡んでくる場合があります。レストランで飲んで感動したワインを、家で飲んだら違ったってこともたくさんあるわけですよ。またその逆のパターンもある。朝ごはんで美味しかったものが、夕飯でも嬉しいかっていうと違う感覚と同じですよね」

そのワインがどういう空気感をもっているかを、鈴木さんは言葉を尽くして伝える。ワインのイメージのミスマッチがないようにするためにも、買い求める人へのヒアリングは欠かせないのだ。

「エチケットや産地、葡萄のイメージだけ選んで、なんか違ったというのは勿体無い。ワインが悪いのではなく、合わなかったというのは売り手としても残念なので、ぜひ気軽に相談してもらいたいです」

今、若手の生産者のワインがすばらしい

青山小西の店頭のノボリには『個性豊かでクラフト感あふれる小規模生産ワイン、多種あります』とある。鈴木さんが感じるワインの魅力がそこに詰まっている。

「僕自身、特段ヘルシー嗜好というわけでもないし、環境や身体に優しいとか、そういうことで、ナチュラルワインを選んでいるわけではないんです。取り扱っているのは、小規模生産者のハンドメイドな造りのもの。ワイン造りは、生産者の思い通りにできることもあれば、予想を超えていたり、狙った方向と全く違ったりすることもある。1本のワインに至るまでにいろんなことがあるし、ものづくりとしてすごく面白いですよね。そのワイン造りの結果を、彼らは僕たちに発表してくれている。その想いや考え、意図を読み解くことが、この仕事であると思います」

さらに今、鈴木さんが特に注目しているのは、若手の生産者。若手=新しい感覚だから、ということではなく、ある種の原点回帰を感じるところもあるという。

「気になっているのは、ボルドーそしてシャンパーニュ地方。世界中でプロモーションされているみんなが安心するボルドーのような、ブランド・型が決まっているような造りではなくて。今この場所で、ここで作られる葡萄で何を造るかっていうのを考えている若手が多いんです。シャンパーニュ地方の若手も、旧来のシャンパンのイメージに沿うようなリッチでなければいけないっていうのは、もう彼らの感覚ではない」

ワールドワイドでボーダレスな世界で広がるナチュラルワイン。産地に根付くブランドイメージに囚われないワイン造りを、若手が牽引していく流れが各地にある。

自分の世界観に、ワインを引き寄せる

大手のマシンメイドではなく、小規模なハンドメイドに惹かれる鈴木さん。多くの魅力的なワインから、店に仕入れるためにはさらに厳選しなければならない。

「自分のイメージを超えていくワインというのが、選ぶ基準の一つとしてあると思います。例えばですが、トスカーナワインを試飲して、とっても素敵で美味しくても、イメージの範疇だと取らない場合もある。このワインを飲んだ時に、いやこれおでん食べたいね、とかお蕎麦合うよねとか、トスカーナっていう世界から飛び出たとき、新しい世界観が生み出せるような“枠組みがない”ワインが好きなんです」

ワインを買って飲むとき、枠組みのない楽しみ方ができるのがナチュラルワインの良いところだ。従来のワインは、ハレの日にレストランでかしこまって飲むような、その特別な空間の中に、自分が入っていくような楽しみ方をする感覚があった。クラフトなワインは、自分の世界観にワインを取り入れていくというイメージがつくりやすい。楽しむ場は、たこ焼きパーティーでも鍋パーティでもOKなのだ。決められた、作られた世界観を超えていけるナチュラルワインのいいところ。

「シンプルに、好きなものと好きなものを足したらとってもハッピーだった、好きな人たちの飲んだらハッピーだったっていうことで良いんです。自分の世界にワインを入れた時、そのワインがとっても輝いているっていうのがナチュラルワイン、小規模生産の手作り感にはありますよね。お客さまでも「ワインってよくわかんない」っておっしゃる方もいるのですが、ワインについて美味しいとか、好きだった、っていう言葉を気軽に出せないって身構えている方が多いんです。みんなが美味しいと感じるワインの正解があるんでしょって。でももっと単純に、好きな食べ物を食べてる時にワインを飲んで、美味しいっていう言葉が出てきたらいいわけですよね」

じゃあその世界に入るワインを一緒に選びましょう、というのが鈴木さんのスタンス。正解はなく、いかに楽しむかが大切。原点に立ち返り、その上でワインについてもっと知りたいと思わせてくれるような出合いが、彼に委ねることで生まれている。

青山小西商店

青山小西商店

東京都港区南青山3-7-14
03-3401-0524
営業時間:12:00〜18:00
木・日定休
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