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昆布で出汁をとった味噌汁の具にはわかめを、おにぎりには海苔を巻いて…。日本の食卓に欠かせない海藻だが、洋食化などによって食べる量が減ってきている。また、海藻を取り巻く環境も悪化の一途をたどっている。そんな中、海藻の循環型の生産に取り組んでいるのが〈シーベジタブル〉。そのテストキッチンで、海藻を使った料理の可能性を探る石坂秀威シェフに、その魅力を伺った。

消費量も生産量も減少が止まらない海藻

農林水産省の食料需給表によると、海藻(純食料)の国内消費仕向量(1年間に国内市場に出回り、消費に回された量)は、2021年度で102kt。1971年度に100ktを超えて以来、最少の数字だ。最大値を記録した1999年年の192ktと比べると、約53%に減少している。前年の2020年度の114ktと比べても、減少率が大きい。

国内生産量も、1970年代から2013年まで、沿岸地域が大きな被害に遭った東日本大震災が起きた2011年度を除き、100ktを超えていたが、2021年度には81ktに留まる。1988年度に記録した160ktのほぼ半分だ。

こうした数字からもわかるように、日本では海藻離れとも呼べる現象が起きているが、海藻の新しい生産法から料理法の開発まで行っているのが〈シーベジタブル〉だ。海から地中を浸透してろ過された、透明度の高い地下海水を使った陸上での生産や、これまで育てることができなかった海藻を海面で生産するなどして、色とりどりの風味豊かな海藻を育てている。

そして、中目黒に構えるテストキッチンで、これまでにない海藻の料理開発を担当しているのが、石坂秀威シェフ。東京でオープンしてからわずか1年で2つ星を獲得した〈INUA〉で、テストキッチンでの料理開発を担当。生まれも育ちもオーストラリアの石坂シェフは、〈INUA〉で出合った数々の日本の食材に惹かれた。


©︎Nathalie Cantacuzino

「閉店の時にオーストラリアに帰る選択肢もあったんですが、見たこともない食材やその生産者とも出会え、そのすべてを捨てて帰るのはもったいないと思っていたところ、海藻の調達に協力してもらっていた、おそらく世界一現場経験がある研究者・新井章吾さんが、『日本で一番、海藻を食材として向き合ってきたレストランで料理開発をしてきたシェフ人』ということで、〈シーベジタブル〉の代表に紹介してくれました。何度か一緒に海に潜り、海藻を採ったりしているうちに、もっと”食べる”という視点で海藻の魅力を引き出してみたいと思うようになり、気づいたら仲間になっていました」

新しい食材で新しい料理を作る興奮のために生きている

〈INUA〉での経験は、石坂シェフの食材への視点を大きく広げた。調理法も組み合わせも味付けも、今までの固定観念を取り払い、すべてをゼロから捉え直す思考が身に着いたという。その思考は、開発研究の対象となった海藻でも活かされている。


昆布のハチミツとバニラ煮、ドライフルーツと生クルミ。©︎Nathalie Cantacuzino

「海藻のほとんどは、乾燥してあって戻してから使うのが一般的ですよね。オーストラリアには海藻を食べる文化がないんですが、うちは両親が日本人なので、たまにわかめやひじきなどが出たんです。それも、祖父母が送ってくれた乾燥してあるものでした。乾燥はとても優れた保存方法ではあるんですが、料理人の僕の中ではすでに一工程入ってしまった状態であり、その海藻で作れる範囲が制限されてしまうんです。たとえるなら、白い紙ではなく、黄色い紙に絵を描き始めるような感じ。黄色い紙から描き始めると、どれだけ黄色を塗り潰しても、黄色は残りますよね。僕は、真っ白の状態からあらゆる可能性を探っていきたい。もしかしたら、この海藻でこの方法を試すのは僕が初めてかもしれない。僕は、その興奮を味わうために生きているようなものです」


シーウィードカレー。ハーブやスパイスで保存したひじきの新芽、プランクトンと牡蠣の出汁のソース。©︎Nathalie Cantacuzino


生そら豆、生アーモンド、生フダラク。©︎Nathalie Cantacuzino

ユニークなところだと、海藻の発酵。日本には発酵の文化も海藻を食べる文化もあるのに、なぜ、海藻が発酵されてこなかったのか。その疑問が発想の原点だ。

「世界の発酵文化は主に保存手段として発展してきましたが、保存にプラスしておいしさを求めたのが日本の発酵文化です。発酵文化も海藻を食べる文化も、日本には昔からあったのに、なぜ、結びつかなかったのかが不思議だったんですよね。試されていないことは、一度は試してみるべきというのが僕の考え。乳酸発酵させてみたところ、とんでもなくまずかった(笑)。でも、一手間加えるとすごくおいしくなってくれるんです。ひらめきが上手くいかなくて悔しいこともいっぱいあるんですけど、試せば試すほど可能性が広がっていくのがすごく面白いですね」

アイデア次第で、調味料にもデザートにもなる

まるで〝実験〟のように海藻の調理法を試していく中で、年内にも商品化できそうなのが、青のり醤油だ。

「大豆は使っていないので厳密には醤油ではないのですが、生の青のりと米麹と水で発酵させると、ほのかに青のりの香りが感じられる薄口醤油のようなものになるんです」

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テストキッチンでは、海藻とその調理法について様々な実験に挑戦している。 ©︎樽見 星爾

今年、イタリア・トリノで開かれたスローフードの祭典「テッラマードレ サローネ・デル・グスト」では、その青のり醤油と柚子胡椒でマリネした海老と、燻製にかけたトサカノリ、現地のトマトを使ったサラダを提供した。ドレッシングにも、青のり醤油を使った。

海藻でデザートも作れると、食べさせてくれたのが、青のりアイス。青のりを入れて火にかけて、香りを移した青のりミルクで作る。最初にふわっと磯の香りが立ち、その後はなぜか抹茶のような味に変化して、アイスとしてまるで違和感がない。

22,000種類の中から、昆布に匹敵する海藻を見つけたい

石坂シェフは海藻の発送方法にも着手している。海藻は環境の変化に弱く、冷蔵がいいもの、常温が適しているものなど海藻ごとに異なり、水気を切ってから発送しないと使えないものもある。

「現場と連携しながら、フィードバックし合い、それぞれの海藻によってベストな状態で送れる方法を常にアップデートしています」

日本で採れる海藻はおよそ1,500種類、世界では22,000種類にも及ぶという。その内、石坂シェフが口にしてきたのは、およそ100種類。


トサカノリ


スジアオノリ


ヒジキ
海藻の種類は、大きく3種類。核となる色素に基づいて、紅藻、緑藻、褐藻に分けられる。

「日本に生えている海藻はきのこなどと違って、海藻そのものに毒はなく、有害な付着物がついていない限り、すべて食べられると言われています。なのに、そのほとんどが食べられていないんです。ひょっとしたら、世界中の食文化に影響を与えている昆布のような海藻が、22,000種類の中にもうひとつ、存在するかもしれない。あるなら見つけ出して、最高の調理法を確立したいですし、ないなら『ない』と僕自身が断言できるまで、新しい海藻に出合って行きたいですね」

海藻を食べることで、海の環境を変えられるかもしれない

料理人としての強い好奇心と自由な発想で、海藻のポテンシャルを引き出し続ける石坂シェフだからこそ、海藻の置かれている厳しい環境への危惧も大きい。海流の変化や沿岸の環境汚染、魚などの食害により、海藻が激減してしまう〝磯焼け〟が全国的に起こっており、自身もその姿を目にしてきた。

「海に潜ると、何もない砂漠のようになっているんです。海の中は、日常的に人の目に触れる場所じゃないので、認識されることが少ない。知っている人間が現状を伝えていかないとと思っています」

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全国へリサーチトリップし、野生の海藻の採集や観察し、時には即席で試食も。SeaVegetableが地元の漁師と協力し、取り組む海・陸の海藻養殖場、熊本県天草への視察も。(写真左下)

実は、海藻などの海洋生物は森林よりも大気中の二酸化炭素を吸収してくれる。人類が排出する二酸化炭素のうち、森林によって吸収される〝グリーンカーボン〟が約12%に対し、海洋生物が吸収する二酸化炭素〝ブルーカーボン〟は約30%と倍以上という報告もある。

現在、〈シーベジタブル〉では、全国の海で海藻を育てる海面養殖にトライしている。

「海藻は、魚の産卵や育つ場になることから〝海のゆりかご〟と呼ばれています。そうした海の生態系にとって重要な海藻を殖やすことが、僕らの会社〈シーベジタブル〉とって非常に大切な仕事です。食用の海藻なので収穫してしまいますが、一時的にでも海藻がある状態が海にあることは、何もない状態に比べれば生態系にとってはるかにいいこと。残念ながら、天然の状態に任せていては、藻場は失われていく一方なんです。みなさんがより多くの海藻を食べてくれれば、ニーズが高まり、もっと生産する面積を広げていくことができます。海藻をもっと食べたいと思ってもらえるように、海藻の持つ魅力や可能性を探っていくことが、今、料理人の僕が果たすべき役割です」


早採りスナップエンドウとヤツマタモクの気泡。©︎Nathalie Cantacuzino

記事TOP写真/ヒロメの炭火焼とタケノコのテリーヌ、松の葉とトラノオ。 ©︎Nathalie Cantacuzino

石坂秀威

石坂秀威

シドニー出身の日本人。「QUAY」「Bennelong」などの有名店で料理人としての経験を積む。オーストラリアのU30の料理コンテスト「Appetite For Excellence Young Chef of the Year」で優勝。その後世界各国から集結した仲間たちと共にレストラン「INUA」の立ち上げのため来日。スーシェフとして新たな料理開発を担当。リサーチトリップを頻繁に行い、出合った食材を使用して醤油などの基礎調味料から時間をかけて一から作り上げてきた。ドラマ「グランメゾン東京」の劇中での料理開発の一部も担当。これまで日本の飲食店では使用されることのなかったものも含め、多くの種類の海藻を使用して、新しい切り口の料理を数多く手掛けてきた。

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