近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第8回は、〈Kabi〉のソムリエ江本賢太郎さんと、シェフの安田翔平さん、〈AC HOUSE〉のオーナーシェフ黒田敦喜さんの3人が主催したポップアップイベントへ。
11月13日、日本橋兜町のマイクロ複合施設K5内のレストラン〈caveman〉のワインバーで、イベント営業があるとの知らせをどこからともなく聞きつけた。東京の第一線で活躍する3名のオーナーが、約2年半ぶりに同じ空間で共演するらしい。
ソムリエの江本賢太郎さんと、シェフの安田翔平さんは、目黒のレストラン〈Kabi〉の共同経営者だ。当時20代半ば、海外で研鑽を詰んだ2人がオープンさせた〈Kabi〉は、北欧と日本料理を融合させたイノーベーティブなレストランとして瞬く間に飲食業界の話題をさらった。この2人の声がけで、今夜の営業に加わったのは黒田敦喜さん。彼は〈caveman〉のヘッドシェフを経て、今年の5月に西麻布に自身がオーナーシェフを勤める〈AC HOUSE〉をオープンさせたばかりだ。
熟成したワインの楽しみを若い人にも
テーブルとテーブルの間を江本さんが、ワインを注いで周り、キッチンでは2人のシェフがそれぞれ担当するメニュー(安田さんが前菜系を担当し、黒田さんが、パスタ・リゾットをお任せで)を続々と仕上げていく。小気味の良いライブ感が心地よい。
早速、江本さんに今夜の1杯をお任せでリクエストすると、マグナムボトル(通常の2倍サイズのボトル)のワインをサーブしてくれた。
「マグナムはこういうイベントにはぴったりですよね。1つのボトルをみんなでシェアしたり、別々のテーブルでも同じタイミングで、同じワインを飲んでいる瞬間があったり、っていうのが良いと思って。サヴォワ地方の、2013年のバックヴィンテージ(※)を選びました」
※ヴィンテージは葡萄の収穫の年のことを指す。古いヴィンテージは瓶内で長期熟成され、当年産のワインとは違った味わいがあり希少価値の高いものも多い。飲食店や酒屋などで在庫をあえて数年間残しておいたものをバックヴィンテージと呼ぶ。
「10年くらい前からナチュラルワインを出しているお店は、こういうバックヴィンテージが出せたりするんですよね。自分がワインを好きなったきっかけも、そういう老舗のお店でバックヴィンテージを飲んで感動したから。ワインの熟成による味の面白さも、ナチュラルワイン、ワインの楽しさのひとつだと思うんですよ。だから今日は、イベントだっていう勢いで来てくれた人にも、熟成の味を知って欲しい、共有したいっていうのもあって、ヴィンテージを持ってきたんです」
ナチュラルワインを提供する店が増えたが、若いお店の多くは、開業した年からワインを仕入れ始めるため、ヴィンテージのストックにお目にかかる機会は少ない。ここ〈caveman〉もオープンしてからまだ3年未満。こうしたイベントを機に、バックヴィンテージに触れ、ワインの楽しみのセカンドステージを、と江本さんは考える。
「今の若い人たちはワインの美味しさも、カジュアルでワイワイと飲める楽しい飲み物だっていうことも、レストランやワインバーの雰囲気の魅力も、すでにみんな知ってる。そういうワインの“楽しい”部分に加えて、その世代の人たちに、これから知って欲しいのは、ワインの本当の姿。ごくごく飲むワインもそうなんだけど、もう一つ先の味がある。すぐに開けず、我慢して家で寝かしておくと、信じられない味に生まれ変わったり。買った時とは全然違う感じになる。それも一つの楽しみだってすごく思うから。お店が歳を重ねていって、飲み手のみんなも歳をとってくけど、ワインもまた味が変わる良さがあります」
同窓生のような3人、それぞれの変化
安田さんと黒田さんは、大阪の料理学校時代からの仲で、若い頃からお互いに意識しあっていたそう。それぞれ国内、そして海外の飲食店での修行経歴を積み、現在がある。常に前進し続ける勢いある2人の料理人に、ここ数年の変化をテーマに話してもらった。
「変化っていうと、俺の料理はやさしくなったっていうか、塩味が薄くなったかも。ちょうど3ヶ月前、久しぶりにヨーロッパに行ってて、昔働いていた仲間の店とかで久しぶりに食べたんだけど、みんな味がやさしくなってた。なんでやろな、外出しなくて人に会わなかったり、刺激がないから? でも自分もなんとなく感じてたこと、みんな一緒なんやって思って面白かった。昔ほど外に遊びにいかなくなって、ここ数年の自分の生活は変わったよね。そんで生活が変わると味が変わる(安田)」
「俺もやさしくなったかも、すべてにおいて。まあ歳をとったっていうのもあるかもだけど(黒田)」
「みんなちょっとずつ歳を重ねていってる。俺の料理も、オープンした頃とめっちゃ変わっているかもしれん。あの頃は、フーディーと呼ばれる、食べるのが好きな人たちっていうか、グルメサイト至上主義者みたいな風潮が好きじゃなくて、彼らが理解できないものを作ってやろう!とか思ってた。最近は、真面目な料理を作っているっていうか(笑)。俺も26歳とかでとんがってたし(安田)」
「だんだん翔平(安田)の料理になっていっているなって思う。俺もそうだし、他の国のシェフもみんなそうだと思うけど。独立して間もない期間って、自分がもともと働いていたレストランの影響が滲み出るけど、翔平のオリジナリティが出てきてるように感じる(黒田)」
歳を重ねながらも、同年代のシェフとして互いの存在が刺激になる関係。〈AC HOUSE〉を開業した黒田さんも、半年前とは違った景色を見ているようだ。
「〈AC HOUSE〉のコンセプトは共食。コロナで一時、孤食の時代になったけど、でもそれってレストランの本来の姿ではないというか。今のお店は10席くらいだから、その10人と僕は直接話せるし料理を出せるし、テーブルもみんなで囲むような造りになってる。ここ〈caveman〉は30席以上あるから、規模が全然違うかな。お客さんと近い距離でできるって、僕にはすごく合ってるって気づいた(黒田)」
江本さんも合流し、営業後の3人のトークは続く。彼は逆に、変わらないことを再確認していた。
「この5年で色々あったけど、でも一周回ってやっぱ自分のワインのスタイルとか、好きなもの、店でのやり方とか、変わらないなって思う。結局、自分は自分なんだなって。店をやる姿勢だけじゃなく、ワインについて考えている時もそうだし、興味の根本、純粋にきれいだなって感じるものとか。〈Kabi〉を始めてからいろんな人とも出会ったし、世界が広がったけど、自分に正直になればなるほどやっぱり変わってない。
翔平とあっちゃんの2人は、どうだろう……でもみんなやっぱり、大人になったかもしれない(笑)」
その後話題は、近い未来の展望へ。3名ともが「いつか自然に近い環境に身を置きたい」と口を揃えた。「日本でも、海外でも湖が近くにある場所がいい!」と理想を話す黒田さん。地方への移住を視野に入れて、候補地を検討中の江本さん。安田さんは明確に、オーベルジュの構想を話してくれた。
「自然のあるところで、宿泊付きのレストランをやりたい。温泉とサウナも作って。妻がパティシエだから、タルト焼いてもらって、チェックインの時にみんなで食べて、お茶して。自分の畑のものを料理して。ディナーのあと、焚き火を囲んでお酒を飲む。そんで次の日はちゃんと起きて、みんなに朝食を作るっていうのが俺の夢やねん。自分が岡山の田舎出身やから、そういうのがいい。5歳の子どもも、自分の幼少期に近いような感じで育って欲しいっていうのもあるし。野菜の作り方とか教えながら(安田)」
ワインブームの行方
最後に、昨今のワインブームを彼らはどのように捉えているのか?と問いかけた。
「どんどん飲んだらいいと思う。でもナチュラルワインっていうジャンルに飛びつくんじゃなくて。いろんな種類の美味しいお酒があって、その中のひとつにナチュラルワインっていう選択肢が入ってきているっていうイメージかな。僕自身もワインだけじゃなくて焼酎もハードリカーも飲むし。食べ物と合わせて美味しいお酒を飲もうって感じ(黒田)」
「ナチュラルワインにおいて、世界規模でみても日本はトップシェアの国だけど、でもなぜか最近になってから注目が集まっている雰囲気はあるよな。俺らの親世代は、まだ多分ボルドーとかブルゴーニュのクラシックワインで育ってきてる人たち中心だけど、ナチュラルワインを最初に日本で扱ったのも、そこと同じ年代の人たち。俺らの少し上の世代から徐々に日本で浸透しはじめてて、カジュアルに飲む文化が根付き始めた感じ。そういう流れがある中で、自分たちの下の世代、ナチュラルワインからワインを飲み始めた人たちが、これからどういう店をするんかなって気になるね。もしかしたら2〜30年後には逆にクラシックワインに戻っていったりする可能性もある。音楽でもファッションでもそういうのってあるやん?(安田)」
「世界的にも自然な思考に向かっていっているから、ナチュラルワインを求める動きはこの先も続いていく気がしてる。最初は、流行だったとしても、それが定着して文化になっていって、そういうワインを造りたい人たちも増えるから。俺らとしてはいい世の中になっていく。だから最初のとっかかりは楽しいとか美味しいでも全然いいと思う。でもその中の2、3割の人がもっともっと深いところに入ってってくれれば嬉しいなって思いますね(江本)」