fbpx
『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』を刊行した〈バリューブックス〉。古本の買取・販売事業を行う〈バリューブックス〉がB Corporation™️(以下、B Corp)認証取得を目指す理由と、盛り上がりつつあるそのムーブメントに思うこととは。

長野県上田市に拠点を置く〈バリューブックス〉は古本の買取・販売事業を軸に、古本の寄付を集めてNPOや大学の活動資金に換える事業「チャリボン」、二次流通における売上を出版社に還元するシステム「バリューブックス・エコシステム」、買い取ることができなかった“捨てたくない本”を保育園や学校、病院などに寄贈する「BOOK GIFT PROJECT(ブックギフト)」などを展開している。よりよい本の循環を生み出すこれらの事業を通じてミッションに掲げているのは、「日本および世界中の人々が本を自由に読み、学び、楽しむ環境を整える」ことだ。

2021年に新たに立ち上げた出版事業、〈バリューブックス・パブリッシング〉では、B Corp認証の実践法をまとめたハンドブック『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』を刊行した。これは『The B Corp Handbook, Second Edition: How You Can Use Business as a Force for Good』(ライアン・ハニーマン、ティファニー・ジャナ著)の日本語翻訳版で、〈B Lab™️〉が公認した初の日本語版書籍である。


これまで本を「循環させる」事業を行ってきた〈バリューブックス〉が、本を「作り」「販売する」視点を持ちたいとスタートした出版事業。その第一弾が、2022年6月に刊行された『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』だ。


バリューブックスで買い取ることができなかった本は古紙となり、再生紙に生まれ変わる。通常の再生紙へと甦らせるリサイクルとは別の形の循環を考えて生まれたのが、古紙回収に回った本をノートに再生した「本だったノート」。文庫本の名残である活字が混ざっており、“世界にたった一冊”という個性を備えている点がユニークだ。印刷には、捨てられる予定だった廃インクを利用している。

日本語版『B Corpハンドブック』が生まれるまで

B Corp認証を目指す企業にとって待望のリリースとなった日本語版の、監訳を担当したのが〈バリューブックス〉取締役の鳥居希さん。もともと社会的インパクト投資の文脈からB Corpを知り、後に入社した同社がベンチマークとしている〈Patanogia〉〈Better World Books〉が認証を取得していたことから、同社での認証取得を考え始めたという。2016年には同社の仲間たちとサンフランシスコの〈B Lab〉オフィスや〈Patagonia〉、〈Better World Books〉を訪れ、よりよい会社に成長するためのヒントを得たという。B Corpの現場を目の当たりにしたことで、「〈バリューブックス〉が行うさまざまな取り組みに対してB Corpは先進的な指針を示してくれると実感した」とか。


外資系証券会社勤務を経て2015年に〈バリューブックス〉に入社した鳥居希さん。


『B Corp ハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』の翻訳を手掛けたゼミや制作過程で使った参考図書。ゼミではジェンダー、エコロジー、民主主義、コミュニティ……さまざまな視点でいまの社会課題を論じ、翻訳に生かした。


鳥居さんが手にしているのが、『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』の原書、『The B Corp Handbook,Second Edition: How You Can Use Business as a Force for Good』

そうした背景から、日本でB Corpのムーブメントを作り、同じ理念をもつ仲間を探すために、自分たちで日本語版を作ろうというアイデアが生まれたそうだ。ユニークなのは、この本は特定の翻訳者が翻訳したものではなく、年齢も職業もバックグラウンドもさまざまな人々が集まったゼミから生まれたという点だ。

〈バリューブックス〉と、監訳・編集・制作を務めたコンテンツディレクターの若林恵さんが率いる〈黒鳥社〉が2020年12月に立ち上げた、「あたらしい会社の学校『B Corp ハンドブック翻訳ゼミ』」がそれだ。2021年1月から、公募によって集まった26名のメンバーとともに行った6回のゼミでは、各自が分担した翻訳をベースに、専門的な知識や日本語表現、日本の社会課題、海外におけるB Corpのムーブメントなどについて議論を重ねた。さらにゼミから派生したコミュニティでのディスカッション内容も盛り込んで本書を制作したという。

(左)上田市にある〈バリューブックス〉の倉庫の一つで、買取した本を販売するために出品データを入力しているところ。スタッフの斉木美穂さんも「B Corpハンドブック翻訳ゼミ」の運営に参加している。(右)出品中の本がずらりと並ぶ在庫スペース。複数の倉庫から合計して1日約1万冊を発送している。

アセスメントが〈バリューブックス〉にもたらしたもの

日本におけるB Corpムーブメントの土台を築きつつある〈バリューブックス〉だが、実はB Corp認証はまだ取得していない。2016年に初めてアセスメントを行い、そこから社内整備に着手していくつもの改善を重ね、2020年に再度、アセスメントに挑戦。現在もアップデートを続けながら申請に向けて動いているところだ。

「初めてアセスメントを行った時は『ガバナンス』と『環境』の得点が低く、『チャリボン』などの取り組みもあって、『コミュニティ』はよかった。そんなことよりも私たちにとっての収穫は、アセスメントによって社内で改革すべきポイントが明確になったことでした。それ以降、就業規則を見直したり、会社で使用する電気を再生可能エネルギーにする見直しを行ったり、また、情報の透明性を上げて毎月の決算や銀行預金といった全ての財務情報に全スタッフがアクセスできるようにするなど、少しずつ改善を重ねてきました。

社内で希望者を募り、総務担当や倉庫で働くスタッフなど総勢8人で取り組んだ2回目のアセスメントは、『アセスメントをきっかけに、いままで知らなかった他部署の仕事内容がわかった』とか、『いま社会で起きていることや社会課題に興味をもつきっかけになった』といった感想がもたらされました。社内での浸透はまだまだこれからですが、B Corp、そしてアセスメントは社内のコミュニケーションツールになり、また、学びの手段にもなると実感した経験でした。

もちろん、従業員への教育プログラムなどのようにまだ十分でない取り組みもこれから取り組む課題もあります。とはいえ、認証取得はゴールではありません。もちろん、取得することで実務的なメリットはあるかもしれませんが、それよりもアセスメントを通じて自分たちの課題を認識し、よりよい会社になるための実践を重ねることが大切だと考えています」


毎日およそ2万冊の本が集まる〈バリューブックス〉。上田市に5つある倉庫は1年365日稼働している。

アセスメントだけでなくハンドブックを出版したことをきっかけに、経営陣の中でも〈バリューブックス〉が考える“よりよい会社”について、あらためて意思統一をはかることができたという。つまり〈バリューブックス〉が目指す、“財務的に健全で、バランスよく社会的・環境的な責任も果たしていく会社”という具体的な有り様を、社内で共有することができるようになったのである。変化が生まれたのは社内だけではない。B Corpのつながりから、これまで付き合いのなかった企業、同業他社との協働も生まれている。同じ理念をもつ仲間とよい循環を育みつつあるのだ。

ハンドブックの出版を経て見えてきた新たな課題

その一方で、ハンドブックの出版により新たな課題も見えてきた。“よい会社”、“よいビジネス”という言葉や考えは、社会に新たな分断を生み出す可能性もある――ということだ。

「どういう理念、経営方針で事業運営をしていくかは企業の自由ですし、みんなが同じ方向を向いている必要はないと思っています。同じような思想を持つ・持たないにかかわらず、ともに生きていくための取り組みが必要なのではないでしょうか」

分断を生まずにインクルーシブな社会を実現するためにどうすればいいのか。鳥居さんが最近読んでいるのが、『The Persuaders: At the Front Lines of the Fight for Hearts,Minds and Democracy』(Anand Giridharadas著)だ。著者は本書で、「正義と変革を追求するためには、異なる意見をもつ人たちと話し合い、信頼関係を築き、ともにビジョンを描くことを諦めてはいけない。それは困難を伴うかもしれないが、そもそも民主主義とは容易ならざるものである」と書いている。

「『描く理想が違うから対話をする意味がない』、そんなふうに諦めてしまうのは簡単です。けれど、よりよい未来は会話をし、ともに過ごす時間の先にあるはずです。B Corpの旅を続けるため必要なのは、そこにいない人たちの存在を思い浮かべながら、よりよい未来のビジョンを一緒に見ていこうよ――そういう気持ちを持ち続け、諦めずに自分たちが信じるものを実践し続けることだと信じています」

MAIL