登山界のアカデミー賞ともいわれるピオレドール賞を2013年に受賞している、花谷泰広さん。世界の山々を登頂してきた登山家の目には何が映り、どのように山と対峙しているのだろうか。
スマートフォンを使えば、いつでもどこでも情報を手に入れることができる現代。少しでも登山の安全性を高めたいのなら、貪欲に情報を集めるべきだと、登山家の花谷泰広さんは言う。
「登山を予定している日から遡って、1週間ぐらいの天候や気温の推移を見れば、おおよその状況が予測できます。山によっては、今現在の画像や映像を探すこともできるでしょう。まずはデータを集めることが、“山を読む”ということに繋がるのではないでしょうか」
山に入る当日は、気象アプリで、風向きや風の強さも含めた、1日の天候の変化の傾向を把握しておく。
「時間が遅くなれば遅くなるほど崩れる、風が強くなる。そういった傾向がわかれば、進むのか、戻るのかという判断ができますから」
山に入れば、当然予測とのズレがある。とはいえ自然に対して人間ができることはない。できることは、自身の行動のマネージメント。
「頂上に行けるかではなく、その場所から下山できるかを常に考えるべき。そして人は必ず判断ミスをすることも頭に入れておきたいですね」
STUDY 01 情報収集
「たとえば僕が来週末、どこかの山に登ろうと思ったら、まずインターネットを使ってリサーチをします。ヤマレコやYAMAPのようなサービスを使うのもいいでしょう。直近1週間ぐらいの登山記録と、これからの天気予報を見るとある程度の予測ができます」と花谷さん。
複数の情報にあたるのが基本だが、その際に重要視するのは、画像と数値のデータ。
「写真や映像、それから気温の推移や積雪量といったデータって客観的なものですから。逆に文章って主観的なもので、書いた人によってブレが大きいですよね。“登れないほどの積雪”と書いてあったとしても、書いた人のことを知らなければ、判断材料にはできません」
STUDY 02 小さな変化に目を向ける
花谷さんは、甲斐駒ヶ岳にある七丈小屋を運営し、登山道の管理も行っている。さらには、ガイドとして甲斐駒ヶ岳に登ることもある。ゆえに、景色の中に普段とは違うものが入ると違和感を覚える。木が倒れている、石がなくなっている、ハシゴのボルトが緩んでいる、枝が折れているといったことにも気がつくのだそう。
「甲斐駒ヶ岳に入っている回数と、向き合っている深さが違うので、そこは当然かなと思います。たとえば登山道の整備などに関われば、その山のことが自分ごとになって、見えなかったものが見えてくるってことはあると思います」
STUDY 03 事故を起こすのは人
「結局は人がいるから事故が起こるんです」と、花谷さんは言う。「ガイドとして登るときは、自然よりも圧倒的に人を見ていると思います。連れている登山者の体力や経験値を見極めながら、状況に対応して、行く、戻る、逃げるという選択をする必要があります。また、僕も含めて人間は必ずミスをします。登山中に常に正しい判断をできる人なんていませんし、登山は予定通りにもいきません。人間がミスをしない生き物なら事故は起こらないですから。ミスがあるという前提で行動する必要があるんです」
STUDY 04 体験して失敗する
どれだけ情報を集めたところで、現場の状況が予測と異なることは多い。対応力を身につけるためには、どうしても経験が必要になる。だからこそ、失敗が大事だと花谷さんは言う。
「雨予報だから登らないという人もいますが、経験を積みたいのなら登るべきなんです。雨の日にどんな装備が必要か、悪天候のときに山の中がどうなるのか、自分がどれだけ登れるかがわかります。登れなかったことも経験で、その積み重ねが判断の精度を高くするんです」
※2020/4/15発売「mark13号 “FACING THE CLIMATE CHANGE 生きるためのアウトドア”」転載記事