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今年1月、日本橋の複合施設〈ソイル日本橋〉に誕生した〈Parklet(パークレット)〉は、「本当においしいサワードウブレッドを食べてほしい」という思いを抱く作り手によるベーカリーカフェだ。〈Tartine Bakery〉のワークショップでパン作りを学び、〈Delfina〉などの有名店でサービスとマネジメントの経験を積んだベイカーのケイトと、〈Chez Panisse〉に勤めた後、オーナーシェフとしてオーガニック食材のラーメンショップ〈Ramen Shop〉を立ち上げた“JJ”ことジェリー・ジャクシッチ夫妻がメニューの監修やマネジメントを行っている。

東京に来る前は札幌でバターミルクフライドチキンサンドイッチの専門店〈BABY J’s〉を営んでいたケイトとJJ。サンフランシスコに暮らす共通の知人を介して〈Parklet〉のファウンダー、マックス・ハウゼガに出会ったことが今回のチャレンジの始まりだった。

「〈ソイル日本橋〉を手掛ける友人が、僕が趣味でサワードウを焼いていたことを思い出してここでパン屋をやらないかって声をかけてくれたんだ。東京ではおいしいサワードウになかなか巡りあえないからこの提案に興味は惹かれたけれど、本職ではない僕にとっては荷が重かった。そんなとき、同じカリフォルニア出身で、札幌でサワードウのサンドイッチを出しているケイトとJJに出会った。一緒に食事をするうちに、彼らとなら日本とカリフォルニアを融合したスタイルのベーカリーを作れるんじゃないか、そう思ったんだ」(マックス)



「粉と水と塩、たった3つの材料でこれだけ多彩なスタイル、味わいのものができあがる。無限の可能性こそがサワードウの面白さ」というケイト。北海道しか知らなかったケイトだが東京でもサワードウを焼いてみたいと、このオファーを快諾。すぐに東京行きが決まる。こちらの住宅事情に明るくないまま東京の物件を決めたら、新しい自宅の狭小キッチンにはなんとオーブンがついていない!というわけで〈Parklet〉のオープン前は連日、仕込んだ種を抱えて電車に乗り、大きなオーブンを備えたテストキッチンまで通ったとか。

「発酵を促す酵母はとても繊細で、周囲の環境の影響を受けやすいの。だから生地の発酵の加減も気温、湿度、水温、粉、種の温度によってまったく変わってしまう。完璧にできた!と思っても、同じ条件がぴたりと揃うことはないから、最終的には水分量や発酵のタイミングの見極めはベイカーの経験頼みになってしまう。どんな環境下にあっても〈Parklet〉にとってベストの味わいや食感を再現できるよう、日々データを取りながら試行錯誤しています」(ケイト)」



ケイトをサポートするヘッド・ベイカー兼シェフ、そしてマネ―ジャーを務めるのが日本人のマロさん。料理人のアシスタントからキャリアをスタートし、メルボルンに拠点を構えるレストランが日本に上陸するタイミングでそこのヘッドシェフに就任。その後、小さなビストロのソムリエを務めるなど、幅広い役割をこなすスーパーシェフである。パンを焼くようになったのはメルボルン発のレストランに在籍していたころ。メニューに欠かせないオーストラリア風のサワードウが日本では手に入らなかったことから現地まで赴いてパン作りを学んだそう。

「私がオーストラリアで学んだのはクラストが薄くて食感のやさしいサワードウで、ケイトのスタイルとは発酵の管理方法も焼き上げの具合も全く違います。ケイトとJJとは毎日、朝から夜まで一緒に仕事をして同じタイミングで試食して……。塩加減、粘度、テクスチャーをすり合わせてできあがりを検証し、〈Parklet〉ならではの味を追求しています」(マロさん)



嬉しかったのは、「パンをホールで買う」という文化が近隣の住民たちにも受け入れられたことだ。

「焼き上がってから1〜2時間後に食べごろになるというサワードウは日本で馴染みのあるふわふわのパンとは異なるもの。ですが、その大きさもさることながら、完成のタイミングも受け入れられていると実感しています。遠方からの方に足を運んでいただくことも嬉しいけれど、やっぱり地元住民の方の毎日の食卓に欠かせない場所として地域に根づいていきたいんです」


〈Parklet〉では、ケイトやマロさんらベイカーが丹精込めて焼き上げたザワードウはもちろん、それを使ったサンドイッチなどの食事メニューも試したい。フードメニューを監修するJJの食材に対する姿勢は、名店〈Chez Panisse〉仕込みだ。

「“オーガニックとはなんぞや”を理解しないまま〈Chez Panisse〉で働き始めて、毎日の勉強が本当に大変だった。〈Chez Panisse〉のレシピはものすごくシンプルで、その分、食材への深い理解や共感が要求されます。調理法やサービスはもちろん、それぞれの生産者、テロワール、その土地に育まれたコミュニティ……食材の背景を知らなければ食材を真に理解することはできない、そんな〈Chez Panisse〉での学びがここ、〈Parklet〉にも生きているんだ。ローカルの食材の魅力をどう伝えるか、季節感をどう表現するのかを常に考えているけれど、特に日本は季節の移り変わりが繊細で、たった2週間程度で旬が終わってしまう食材もある。季節を感じながらその時々の旬に合わせてメニューを考える、そのプロセスが年中続いていくことにワクワクしているよ」(JJ)





(左)リコッタチーズと蜂蜜、アーモンドのトースト。(右)カフェラテ。


(左)旬のミックスリーフシーザーサラダ (右)バニラカシューナッツバターと蜂蜜、坊津の塩のトースト。

それはカフェで提供するメニューだけではない。調味料やナチュラルワイン、クラフトビールなどの食材が並ぶグローサリースペースでも、生産者の顔を思い浮かべながら扱う商品をセレクトした。コーヒーは、環境への負荷が低いリジェネラティブ・オーガニックで栽培されたコーヒー豆を専門に扱うポートランドのロースター、〈Overview Coffee〉の日本焙煎所が焙煎したコーヒー豆を。ロースターを立ち上げたプロスノーボーダーのアレックス・ヨーダーはマックスの友人なのだ。

「フードマイレージという観点からも生産者を支えるという意味でも、ここで使う食材は国産の、かつ顔の見える生産者のもので揃えたいと思っています。知り合いが作るプロダクトは積極的にサポートしたいし、彼らも僕らのものづくりを支えてくれるかもしれないから」(JJ)

最強のキッチンスタッフを揃えてマックスが目指すのは、子どもから大人までがそれぞれのスタイルで憩える、みんなの「居場所」だ。日本橋という街の文化やキャラクターを反映させた空間に土地の風土、つまりテロワールという概念をもっと広く捉えた食を並べ、ここで長く愛される風景になっていきたいと考えている。

サンフランシスコ発祥の“パークレット”とは車道の一部を人のために転用した、公園よりももっと小さな空間を指す。目的の定まっていないこの空間では、コーヒーやサンドイッチを片手にのんびりしたり、誰かと待ち合わせをしたり、ただおしゃべりに興じたり、それぞれが思い思いに過ごしている。パークレットは、街がより魅力的に輝くためのストリート空間。とすれば、ここ〈Parklet〉も地域の憩いの場として愛されていくのだろう。


Parklet
東京都中央区日本橋小舟町14-7 1F
8:30〜18:00
月〜日
parkletbakery.com