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桜も満開で日ごとに暖かさが増しています。いよいよ本格的なアウトドアシーズンの到来ですね。今回のmarkではこの時期に合わせたアウトドア特集を用意しました。タイトルは『NATURE, HUMAN & TOOLS 自然、人、そして道具』です。自然と人が対峙する時、そこには必ず“道具”が介在します。その道具の在り方にフォーカスしてみました。

そもそも人類というのははかない存在でした。力は近縁のチンパンジーにも及びませんし、ライオンのようになんでも噛み砕く牙を持っているわけでもありません。暑さ寒さを防ぐ羽毛や毛皮さえ纏わない、いわば“裸の猿”といったところです。

そんなわたしたち人類が過酷な自然環境の中で今まで生き延びることができたのは、道具を作る想像力とそれを実現する器用な手をもっていたからでしょう。道具を扱うことを人類の定義とする説もあるくらいですから、わたしたちと自然との間には常に道具があったといえるのではないでしょうか。

映画『2001年宇宙の旅』の有名なシーンを思い出してみて下さい。荒野に群がる猿人たちは動物の大腿骨のような大きな骨が、武器として使えることに気がつきます(その武器を用いて猿人は最初の殺人を犯すのですが、それはすこし悲観的すぎる見方にも感じます)。その人類最初の道具を思わせる大腿骨を猿人が空高く放り投げると、それが一瞬で宇宙に浮かぶ衛星基地に変わるのです。

かつては針と糸という道具の発明が防寒着を生み出し、寒冷地への進出を助けました。人類はこうした道具によって地球上のあらゆるニッチを制覇し、ついには宇宙空間に人類を送り出すことになりました。

また、『宇宙船とカヌー』という評伝では、物理学者のフリーマン・ダイソンとその息子のナチュラリスト、ジョージ・ダイソンが対比的に描かれています。前述の『2001年宇宙の旅』で科学監修も務めたフリーマンは、核分裂を推進力に人類を星間旅行へと誘うノアの方舟のような宇宙船の開発を夢みます。一方のジョージは、“バイダルカ”というアラスカ西岸からアリューシャン諸島に住んでいたアリュート族のカヤックを再現して、アーキペラゴ(多島海)を旅します。この両極端にあるようにみえる親子は旅する道具という一点で結ばれているのです。

道具は人が未踏の地を制覇するための助けとなってきました。また道具によって自然に対して厚い壁を設け、快適な環境を維持することができるようになっています。このように道具は自然と人との関係を近づけたり離したりする両義性を持っています。そして、道具の進化による環境への働きかけがあまりに進んだ結果、わたしたちは環境そのものにインパクトを与えてしまう時代に突入しています。

しかし楽観的な見方をするならば、道具は自然を征服するものから自然と共存するものへと方向性を変えつつあるのではないでしょうか。そこではアウトドアスポーツという領域がイニシアチブを取っているように見えるのです。今回取り上げた〈Patagonia〉の「クリーンクライミング」はそのひとつの例です。それまでクライミングの安全を保持するために岩に撃ち込まれていた“ピトン”をやめて、環境にインパクトを与えない回収可能な安全保持器具を用いようとイヴォン・シュイナードが声をかけたのは50年前のことでした。

登頂することではなく登るスタイルこそが、個人の成功を測るものとなる。昔から言われているように、我々のひとりひとりは、手段よりも結末が重要であるかどうかを考える必要がある。スタイルに不可欠な重要性を置いたうえで、我々はその基調はシンプリシティ(簡潔さ)であることを奨励する。クライマーと登攀のあいだに存在するギア類が少なければ少ないほど、自己、そして自然との望ましい交わりを得る機会が多くなる。
-1972年〈シュイナード・エクイップメント〉カタログ序文より

登頂することでなく登るスタイルこそが大事であること、自然を征服するよりも、自然を味わい楽しむこと。その自然が続いていくように共存できること。そんな道具が、自然と人の幸せな関係を継続させてくれるのではないでしょうか。

mark 2020 APR
NATURE, HUMAN & TOOLS
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