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近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第四回は、〈Vineria IL Passaggio(ヴィネリア・イル・パッサッジョ)〉店主、佐竹厚紀さん。

東京都・日本橋浜町にあるワインバー〈ヴィネリア・イル・パッサッジョ〉。カウンター8席と、テーブル席が2つの小さなお店は、店主の佐竹厚紀さんが一人で切り盛りしている。ワインはもちろん、ナチュラルのみ。今年で9年目となる同店は、ワインをグラスではなく土器や貝殻に注ぎ提供している。

「実は、オープン当初はワイングラスで提供していたんです。内装も違った雰囲気で、グラッパやリキュールが並んでいる、いわゆるオーセンティックなワインバーでした。その時から、ワインを出す器にはこだわっていて……グラスの形状、大きさ、厚さによって、ワインの味わいや感じ方が変わるので、提供するワインの味が引き立つようなグラスでお出ししていました。いま思えば、透明なガラスのワイングラスというのは無機質です。いろんなものを足したり引いたりしたされたガラスは、自然な造りのワインとの相性を考えたとき、真逆のものだと思います。ナチュラルワインなら、提供のやり方を変えたほうがいいですよね」

注ぎ方でワインの味は変化する

ワインの器の形状で変化する味の違いに敏感だった佐竹さん。グラスの形状だけではなく”注ぎ方”でワインの味が変わることに気がついた4年前のエピソードを話してくれた。

「いつもの営業終了後、カウンターで一人で飲んでいたら、営業中に出していたワインと、微妙に味が違う気がしたんです。同じボトルなのにどうしてだろう、と不思議に思って動作を思い返してみると、普段は右手で注いでいたのに、その時だけ左手で注いでいたんですよね。右手か左手か。ボトルを強く握るか、ふわっと持つか。その違いで、ワインの味が変化することをその時認識しました。その差異の感覚を、自分がより心地よいと感じる方向へ突き詰めていったんです」

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営業中の “注ぎかた”も変えてみた。するとワインを口にするお客さんの反応にも変化が見られた。これまでの注ぎ方だと『いいね、美味しいね』というリアクションが、なんとなく飲んだ後の反応が弱い、手応えが得られない。注ぎ方を変えたことが良くなかったのか、と不安もあったそう。

「改めて飲み比べてみても、やっぱり変化させたあとの方が美味しくなっている。美味しくはなっているけど、でも完璧じゃないというか、根本的に何かが違うのでは、という違和感がありました。そんな迷い期に、たまたまお客さんが買ってきた抹茶茶碗を見せてくれたんです。その碗の形状が、あるワイングラスの形状に似ていて。もし素材が違ったら……と思って同じ抹茶茶碗を買ってワインを飲んでみたら、違和感がなくなったんですよ!それは土器っぽい感じではなくて、表面に透明な釉薬がかかっているようなやつだったんですけど。あ、これいいかもと思って」

そしてその後、2つ目の抹茶茶碗と出会う。1つ目の茶碗よりもざらっとしたテクスチャのその碗でワインを飲んで、さらに衝撃を受けたそうだ。

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「土器ではないんですけど、かなり近い。土の素の感じが自然派ワインと合っていて。例えると、視力が急に良くなったような感覚に近いです。奥がよく見えるというか。その器を作った作家さんにすぐ電話して、発注を依頼しました」

佐竹さんは、器の完成を待つ半年間にグラスでの提供はやめることを決断した。お店の希少価値の高いグラスも含めてすべて売却し、代わりに器屋やギャラリーへと足を運んだ。陶芸や器にまったく興味がないところから一転、月に2〜30個の器を買い集めては、模索する期間が続いた。そして3年前、土器作家の熊谷幸治さんの器へとたどり着いた。

なぜ土器なのか? しっくりくる器を求めて

「自分の存在が与える影響が少ないほど、ワインそのものの味を引き出せると思っています。なのでワインを注ぐときは、気持ちを込めないようにしていて。熊谷さんの器からも、その“無心”を感じるんです。実際ご本人にその旨を尋ねたとき、僕と方法論は違うけど似た考えをお持ちでした。2年前に工房に伺ったとき、彼は器を10秒くらいで次々に作って、その中から抜きん出た器だけを選別していました。選ばなかったものはつぶして、またひたすら作る。だから念が入らない。気持ちが強いと、ものが持っている実際的なものよりも、作った人間の想いや願いが感じられるものになりますから。熊谷さんの器は、年々自我が消えていくように感じますね。昔の器と今の器、比べるとどんどんシンプルになって軽いというか。僕も変化していっている近い方向に、熊谷さんも変化していっているような気がしていて」

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出会って以来、使い続けているという熊谷さんの器。カウンターの奥の棚には、ずらっと土器や貝殻がひしめくように並んでいるが、中には佐竹さんが自ら作ったという器も。ざらざら感を残し、土の良さを感じるために釉薬はかけていない。

「知人の陶芸教室で年に2回くらい、希望者を集めて野焼きをする会があって、そこに参加して焼いてもらいました。形はプロの人には敵わないですが、なんとなく心地よいというもの。素焼きのままだと焼く温度が低くて、液体を通してしまうんですね。だからこそ軽さがでて、ナチュラルワインとの相性がいいんだと思うのですが。液体を入れても滲み出ないよう、素焼きの熱々の状態で蜜蝋を塗って、目止めをしています」

お試し期間を経て、徐々にワインと土器の“しっくりくる”ことの精度を高めていった佐竹さん。土器以外に、もうひとつワインの器として選ばれたのは貝殻だ。獣の角の中をくり抜いて、液体を飲んでいた太古の文化からインスパイアされたそうだ。

「角はなかなか手に入らないけど、貝なら自然物だし、使ってみたらすごくよかったので。貝殻も、サザエ、ホタテ、カキなど色々試したんですよ。実験時期を経て、だんだんと使いやすく、自分がいいと思うものになっていった。貝殻も、形が一つひとつ違いますね。鮑の貝殻は穴が空いているので、そこは歯医者さんの知り合いに埋めてもらって使っています」

目には見えない感覚を、研ぎ澄ませる

器の実験はひと段落し、しっくりくる現在のスタイルが出来上がった。あとはその精度をあげていきたいと思っているんです、と佐竹さん。実際にワインをサーブしていただいた。

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「器には、対面した時にしっくりくる方向があります。自分の方に向かってくるような位置、正面が飲み手側にくるようにお出して、こちらから飲んでください、とアナウンスをしています。正面から飲んだ方が、味の開き方が全然違うんです」

器の目に見えない向きを感じることを、彼は“重心”と呼んだ。
カウンター奥に並んでいる土器も、実は無造作に置かれているわけではない。彼のいう“重心”の基準で、19段階に分け並べられている“重心”は毎日変化するため、営業前に欠かさず器は並びかえられるのだ。ワインの重心と、器の重心をピッタリ合わせることで、味わいは心地よくバランスが生まれる。

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「物理的な重さではなくて“重心”。といっても僕が重心と呼んでいるだけで、他に言葉があるかもしれないですが。下向きの力と上向きの力がフレあった位置が、重心。下向きの力が強くて上向きの力が弱いと、重心が下にあるイメージです。モノがもつ重心が異なると、せめぎ合いが起こってしまうんです。例えば、軽やかな(重心が軽い)ワインを、重く沈むような器に注いでしまうと引っ張られてしまう感覚。そのズレが飲んだ時に、味の乱れとして感じるんです」

今は、その重心に感覚の焦点を当てていくことに集中している。まだまだ実験段階だが、自然科学的な発想とか、自然物と相性が良くて、僕は違和感がない。

「本を読んでいると、自分の感覚と同じように感じている人がいると知ることができます。本からインスピレーションを得て、営業のやり方も変化したり。今は量子力学の本を読んでいます。僕は物理学者ではないので、完璧に説明はできないんですけど、より直感的に読んで『あーなるほど』って。重心の理論は、ワインだけじゃなくて何にでも通じると思っています」

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いちばんは、味わうことだと彼はいう。飲む(行為)ではなく、味わうことがワインをいただく上で最も大切にしたいこと。固定概念を一度とっぱらって、裸な気持ちでワインに向き合える空間がここにはある。

「より完璧を目指していますね。ある程度の味にはなっていると思うけど、もっと先がある。これまでも美味しさを求めて『これ以上、やることないだろう、やり切っただろう』と思っても、やりたいこと試したいことがどんどん出てきたので。終わりはないのかなって。モノがもつ本質っていうとおこがましいかもしれないけど、そういうものがだんだん見えてきたような気がする。別に土器がすごい好きだからってわけではなく、 今のお店はシンプルにワインの味を求めてきた結果なんです」

〈Vineria IL Passaggio(ヴィネリア・イル・パッサッジョ)〉

〈Vineria IL Passaggio(ヴィネリア・イル・パッサッジョ)〉

東京都中央区日本橋浜町2-49-7
営業時間:11:30〜14:00、18:00〜0:00(平日)18:00〜0:00(土)
日曜定休

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