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近頃は、自然派ワインやヴァンナチュールと呼ばれる自然な造りのワインを飲食店でも多く見かけるようになった。トレンド的な側面がある一方で、肩肘張らずに気軽に飲むラフさや、オーガニックなつくりだから感じる心地よさは、mark読者とも相性が良いはずだ。『WITH WINE』は、自然なつくりのワインに寄り添う人へのインタビュー連載。身体も精神も健やかで軽やかになれるワインの楽しみを、共有している。第9回は〈紫藝醸造〉原田純さん。

連載第2回でインタビューをした山梨県北杜市のワインショップ〈wine shop Soif.〉の窪田さんに紹介いただき〈紫藝醸造〉の原田さんを訪ねた。北杜市でも韮崎寄りに位置する明野町に醸造所を構え、今年初のヴィンテージをリリースした“ほやほや”のワイナリーだ。

山々に抱かれた畑で

午前中に畑へお邪魔すると、一人で黙々と「藁まき」作業している原田さんの姿があった。冷涼かつ降雪がない産地では、藁を若木に巻いて霜の被害から守る。

「例年の寒さではおそらく大丈夫ですが、念の為。作業しながら若木を一本一本、確認できるので、今年の締め括りのような気持ちになりますね。就農して今年で4年目、苗木から自分で造った葡萄が来年はようやく収穫できるという段階で楽しみです」

学生時代には本格的に登山を楽しんでいた原田さんにとって、北アルプスや八ヶ岳の山々が身近に感じられる畑からの眺めは格別だ。

ここは原田さんがさまざまなヴィニフェラ種を育てている葡萄畑。多くの品種を植え、その成長を見て、明野という土地との相性を見極める。
※ヴィテス・ヴィニフェラ(Vitis Vinifera)種と呼ばれる。ワインに適した葡萄品種。

葡萄畑は明野以外にも韮崎の穂坂町、ワインの一大産地である勝沼の隣にある一宮町と、山梨県内に3エリアに点在し、来年は長野県塩尻にも進出予定だ。それぞれの場所に、原田さんがワインについて学んだ足跡が残るゆかりの地。長野県松本に生まれ、ワインが身近な家庭で育った彼は、高校生の頃からワインに興味を惹かれていたそうだ。

「長野という土地柄、家族は地元産のワインを日常的に飲んでいました。高校生の時にはすでに漠然とワインに興味があって、そこで某ワイン漫画が爆発的に流行ったんですよね。巻末の豆知識のコーナーに、ソムリエ教本に書いてあるようなことが載っているんですよ。受験勉強よりも、ボルドーの格付けや、ブルゴーニュの生産者を覚えることに夢中になりました。勉強したつもりもなく、ただ楽しくて」

その後山梨大学の栽培醸造コースに進学し、在学中は勝沼の〈ドメーヌオヤマダ〉を手伝いながら醸造について学んだ。大学卒業後は東京のインポート会社〈ヴァンクゥール〉で5年勤めた後、独立し現在に至る。

「16歳の時からワインに触れはじめたので、独立するまでに17年。そう思うと長いですよね。退職後に取り掛かったワイナリーの準備は、何やるにも初めてで。2020年の2月に会社設立してすぐコロナだったので、不安もあり、醸造所も建築資材の入手にも時間がかかり大変なことも。3年半経ってようやく全てのことが一巡して落ち着きました」

考える時間を積み上げる

複雑な要素が絡みあうワイン造り。1年でワインの味を造りこむのは至難の技だ。10年かけてひとつの味を造る仕事だと原田さんは話す。

「短い期間でたくさんのことをやろうとせずに、ひとつずつ自分が目標とする味を作るために一つ一つの要素を検証していくことを念頭に置いています。味わいのブレを解消するため、根拠に基づいて作戦を立てて試していく。予想がハズれることも当然あるけど、その失敗から学ぶことも多く、今はその経験を積んでいる最中です」

もし1年目で良いものができたとしても、その味わいに至った理由を見つけるのは難しい。少しずつやり方を変えて、別の年との違いをテイスティングで検証することで、次の年の醸造に活かす。大切なのは、自分のゴールとする味わいがあること。小規模な個人の生産者の強みは、その舵取りの部分において個性を発揮できることにある。

「自分のワインで、10年かけて完成させるものづくりは楽しいし、自分の性格にも合っていると感じます。一人で決めているから、いつか自分らしい味が作れるんじゃないかなって。ワイン造りのひとつひとつの工程(収穫や搾汁など作業)は誰がやっても、味に大きな影響を与えないですが、醸造家らしさが出るのは全体の流れ。葡萄を植えてから酒屋さんに届くまでの全てのプロセスを、自分の理想とする味わいに近づけるために組み立ていくことです」

一年に一回勝負のものづくりは、楽しく難しい。だからこそ、考えるプロセスが重要だ。

「造り手の考え方で、味わいが変わってくるんじゃないかと思うんです。実際の醸造作業は、一年の中でも2~3ヶ月の短い期間。残り長い時間で、自分の中で考え抜いてイメージをつくる。収穫から醸造期間は、その自分の中で考え決めたことを信じて淡々とこなす。世の中には一年でバシッと味を決めてくる天才的な造り手もいるけど、自分はそのタイプではないので淡々と、とにかく味わいを考え抜く」

思考は、ワインを飲んでいる時も例外でない。原田さんは、純粋に楽しむためだけの目的ではほとんど飲まない。好みの、理想的なワインに出合った時、自分で造るにはどうしたら良いのか、頭の中で考えを巡らせているそうだ。大学でワインにのめり込んで以来のその習慣が、醸造に不可欠なテイスティング力を培った。

造りを支える流通

「有機栽培で、ブドウ以外の物は極力入れないワインを造っていますが、美味しいことがいちばん大切。自然なワインっていうのは目的ではないです。だから自分からナチュラルワインっていう言葉は使わずに『この産地で、こういう醸造をしました。僕の考える味はこういう味です』だけ。そこから先は、酒屋さんに委ねています。僕の造るワインは、何かすごく特別なものではないので普通の美味しいものとして扱ってもらえたら」

万人に「美味しい」と言われるワインなんてない。何人かの生活の中にフィットして、何より自身が納得するものを造る。そんなワイン造りを支えるのは、適切な流通だ。

「何より自分の心にストンって落ちるワインを造りたい。自分の描く通りのワインができたとき……もしそれが世の中の人たちに『美味しくない』と評価されたら、それはもうしょうがない。自分のワイン造りを変えることはできないし、でも僕は造り続けるだろうし。少数でもフィットする人たちに届けば良くて、取引先の酒屋さんたちは、そういう人たちにうちのワインを持っていってくれると思っているので」

〈紫藝醸造〉は直販はなく、全国60軒の信頼できる酒屋にのみ卸している。

「自分のワインが日本一とかは思わないですけど、取引先の酒屋さんは日本一だと思います。〈ヴァンクゥール〉時代も、義理人情に熱い酒屋さんたちのことがすごく好きで、今後もこの方たちと気持ちのいい仕事をしたいなって。酒屋さん毎で売り方も商品説明も価格も違うのが当たり前だと思っていて、だから自分から必要以上に情報発信していないというのもあります」

フィットするところに持っていってもらうために、腕のある酒屋さんの存在が欠かせない。
ものづくりと流通は両輪。どちらが欠けてもワイン造りを続けられないのだ。

未知数を開拓して、味わいと向き合う

山梨で醸造を学んだ原田さんだが、数ある日本の産地の中で、最終的にこの場所を選んだ理由を改めて伺った。

「北杜は、自分と同年代の造り手がまだいないというのも大きかったです。先入観なく入っていけるとも言えるし、検討材料が少ないという面もあります。葡萄栽培において明野のポテンシャルは未知数です。多くは、自分の植えたヴィニフェラの木の葡萄が収穫できるようになった段階でワイナリーを始めますけど、僕はその前段階(まだ収穫できない状態)なので、成長を待つ数年は、他の葡萄で勝負するしかない。そういう危機感みたいなものは、ワイン造りを考えるためのモチベーションになっています。長野で良いヴィニフェラ葡萄を造る栽培者の仲間の存在も大きいです」

この経験は、来年以降から始まるヴィニフェラ品種での醸造で活かされる。ヴィニフェラ葡萄が収穫できたら万事すべてうまくいくわけではなく、また次の課題も。

「例えば今後収穫できる自分のシャルドネが、フランスのシャルドネ産地で採れるものより優れていることは恐らくない。『じゃあどうするのか』という課題が発生します。脚色せず、葡萄をストレートに引き出したワインを出すのか。醸造過程で意図的に味わいをコントロールし、手を加えるのか。ワイン造りは、常にその2つの間でのせめぎ合いです。0か100かじゃないから非常に悩ましい。でも楽しい悩みだと思います。これから思い通りにいかない悔しい思いもたくさんすると思いますけど、それもものづくりの面白さで、やる気の源です」

味わいの感じ方は、それぞれの飲み手に任せて、具体的に多くは語らない原田さん。ただ目指しているのは“穏やかな”ワインだと教えてくれた。

「醸造は3ヴィンテージ目ですが、まだまだ試したい方法がいくつもあります。『まだあの方法を試したい』という欲を自分の中で全て解消しないと、穏やかなワインに辿り着かないと思っていて。ワインは造り手の人間性も出るんですよね。ワインの上質さ、醸造テクニックも大事だけど、それ以上に『これはこの人のワインになっているな』って思えるものが腑に落ちる。穏やかなものを造りたいのであれば、自身もそういう人間にならねばなと」

未来の明野らしさ

「まず自分の造る味を確立させて、紫藝醸造を営んでいくっていうのが最初のステップ。それが叶ったときに、若い世代がこの場所に就農して、近くにレストランとかもできて、小さな緩やかなコミュニティのようなものが形成されたら楽しいなと。単一の生産者だけじゃ、明野らしい味わいってわからないので、いろんな生産者が同じ場所で、それぞれのスタイルで造った時に、味わいは違うけど、わずかに共通する部分が出てくる。それが産地らしさだと思うので」

一人でテロワールは表現できない。自分が生きてる間には叶わずとも100年後にその姿が見えていたなら。

「個人的に興味もあるし、ワインには大切な要素、造り手らしさと産地らしさはワインにとって大切な要素。この場所に人がたくさん関わって、長い時間を積み重ねた上に、そういうらしさが見えたら、と漠然と思っているんです」