fbpx
2022年、〈B Corp〉認証を得るために動き出した株式会社アルティコ。本メディア〈mark〉、そしてスポーツアパレルブランド〈HERENESS〉という事業に照らし合わせながら、〈B Corp〉の自己採点アセスメントであるBIA(B Impact Assessment)をすべて通してみたという。その中で社員たちはどのような気付きに直面したのか。改めて話を聞くと〈B Corp〉の本質が少しずつ姿を現してきた。

―前回のインタビュー記事が公開されたのが2022年の11月。それから約4ヶ月が経ちました。アルティコの〈B Corp〉認証に向けてのステータスはどんな状況ですか?

岩本:〈B Corp〉認証のための指標となる〈Bインパクトアセスメント(BIA)〉について、回答すべき項目をすべて埋めて、システム上でサブミットしたというステータスになります。BIAの全てに対して自分たちがどういう取り組みができているのかという現状と、取り組めていないことに対してどのように対応していくのかという今後についてまとめました。準備中だったり、できていないものもあるんですが、それは審査に入るまでに完了させます。BIAの自己採点としては90点。80点という合格ラインに対して少し超えたところですね。

松田:BIAのすべてを自分たちの事業に対して、落とし込むことができました。先日、〈Meet the B〉というイベントがあって、その中で「一般的な企業がなんの準備もなくBIAの採点をしたら何点くらいになるか?」っていう質問に〈Ovgo Baker〉の方が答えていたんですが、「20〜30点くらいじゃないですか」と。日本はもともと社会保険などがあるので、最低でもそれくらいは加点できるけど、意識的に取り組まないとそれより点数を積み上げられない。なので、BIAを見ていきながら、今まで気づいてなかったけど改善できるという項目を、会社の中の仕組みの中にどんどん採用していきました。新たにルールとして採用できたもので加点していく。それに加えて、ビジネスモデルそのものも採点の対象なので、それをまとめたドキュメントを作成して、アピールしていきました。あとは実際の審査におけるインタビューで認められる点と認められない点が出てくるだろうという感じです。

―BIAに定められた5項目(ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、顧客)ごとに担当者を決めて、進めていくということでしたが、実際はどのようにプロジェクトを動かしていきましたか?

田中:毎週、定例会議を定めて、担当ごとにそれぞれがタスクを消化していきながら、進捗状況をコンサルタントの岡さんと確認し合っていきました。

岩本:タスクはメンバーが共通でもっているものもあれば、個別でもっているものもあります。共通なものは別途会議を設けて、議論し合ったり、個別のものは外部の関係者との調整も行い、専門的な知見を深めていきながら課題解決していきました。


BIAの回答を終えて、システムで提出した時点での得点とその内訳。この後審査が行われ採点しなおされる予定。

BIAを通して見えてきた日本社会の課題

―進めていく中で苦労したことはどんなことですか?

松田:会社の代表としては、「取締役に女性が何人いるか?」や「マイノリティを雇用しているか?」など、ダイバーシティの観点でガバナンスやコミュニティに関わってくることには難しさを感じました。さらには「サプライチェーンの中に女性が代表の会社が何社あるか?」というような項目もあり、こういったものに関しては日本全体の問題が浮き彫りになるような感覚もありました。日本社会の構造がグローバル視点で見た時にこんなに違いがあるんだなって気づきましたね。日本では隠されがちな貧困問題やダイバーシティについて、しっかり見つめなければいけないということがBIAを通して顕在化してくるのも特筆すべき点ですね。

―労働移民や貧困、LGBTQなど諸問題について、社会として目を背けがちな日本において〈B Corp〉が重要な役割を担いそうですね。

岩本:日本と〈B Corp〉が生まれたアメリカの違いという点で言うと、あらゆることを明文化して、内部の人間に対しても外部の人間に対してもしっかりと証明することができるのが〈B Corp〉の特徴のひとつだと感じました。会社に関するドキュメントを読めばあらゆることが共有できるようになります。

松田:すべてにエビデンスが求められるからね。

岩本:日本の場合はドキュメントがあってもなくても、予定調和的に「わかってるでしょ」という空気があるんですが、その場合は不明瞭さが出てくる。という意味ではエビデンスが明確にあるということの重要性が身に沁みています。

―具体的にはどのようなドキュメントや仕組みを新たに用意することになりましたか?

岩本:新しく「従業員ハンドブック」というものを作ることにしました。それを誰もがオンボーディングの時から確認することができるので、安心して入社してもらえるようになるなと思います。

松田:うちのような小さい規模の会社の場合は会社の枠組みを作るところからBIAに沿ってやってみると仕組みやマニュアルがうまく作成できると思いますね。

―仕組みが明瞭化するということは、会社の中身をすべての従業員が把握できるようになるわけですね。

岩本:私自身はBIAを通して、より会社全体に視野を広げられるようになったことがよかったと思っています。業務への取り組み方や目指すべきヴィジョンがはっきりしました。〈HERENESS〉の事業はすごく明確にプロジェクト運営されていたんですが、メディアやプロダクションの事業に関しては足りない部分がありましたね。

神谷:〈HERENESS〉は製品を作って、在庫を持つことになるので、〈B Corp〉認証を目指す前から特にシビアな姿勢をもっていました。そのシビアな部分を全社として共有できることはメリットのひとつですね。

〈B Corp〉基準に合わせるのか? 自分たちのこだわりを貫くのか?

―〈HERENESS〉事業としてはBIAに照らし合わせる際に難しかったことはありましたか?

神谷:エビデンスのところですね。今考えうるベストの生地だったりとか、工場との付き合いとかは考えているんですけど、そこにさらに〈B Corp〉認証としてのエビデンスが必要になってくるんです。いい生地やいい工場だったとしても〈B Corp〉に則した基準をクリアしていなければ点数としてカウントされないので。

―その基準とはどういったものですか?

神谷:生地や工場、それぞれに様々な認証があります。アパレルだと〈Global Organic Textile Standard(GOTS)〉という世界基準があるんですが、特に日本だとそれをクリアしているところがまだ少ない。例えばニュージーランドのウールはトレーサビリティの面で優位性があるので選択しましたが、〈B Corp〉の基準に照らすとそれでもまだ十分じゃなかった。そういったことで点数を落としちゃったところはありましたね。

―生地や工場としてすごく品質が高くても、〈B Corp〉認証に対しては加点対象にならなかったりするんですね。

松田:「作っている製品の原材料のうちの何%が認証をとっていますか?」っていう項目があるんです。例えば、ウールに関しては〈レスポンシブル・ウール・スタンダード(RWS)〉っていう認証があるので、それを取っていれば、積み上げられる。うちとしてはそれと同等の品質のものをニュージーランドのウールに絞ることで調達しているんですが、〈RWS〉の認証を得たウールを調達しようと思ったら、コストが高くなったりするわけですね。自分たちのほしいクオリティのものが、認証のカテゴリーの中に含まれているのかどうかも重要になってくるわけです。自分たちの基準をもとにいいものを作ってきた自信はあるんだけど、認証というルートを通っていないことで加点できない。そこはもどかしいところでしたね。

―BIAの「環境」の項目に関する記事の中でもサプライチェーンとの関係性の難しさは述べられていましたね。

松田:さらに言うと、認証を受けている素材を使っているだけでは駄目で、できあがったものを第三者機関を通して認証を受けなければならなかったりします。

―そこまでやるんですね。

松田:あとは点数との兼ね合いですね。〈B Corp〉として加点できなくても、自分たちがいいと思うものを優先する場合もある。

神谷:基本的な調達ポリシーは松田さんと僕のふたりの中にあったものをより具体的にドキュメント化するだけだったので、そこに関してはすんなりいきました。他には納期を優先して輸送に飛行機を使うことが多かったんですが、環境負荷を考えるとちょっと遅れても船を使うという意識があったので、あらかじめ納期の試算にゆとりをもったり。さらにサプライチェーンに関しては、カーボンフットプリントのトラッキングなど、やらなければいけないことがもともとあったので〈B Corp〉認証を目指す上で、いよいよ取り組まなければいけなくなりましたね。Tシャツ100枚作るのに生地は何メーター必要で、その端材はどうするのか?とか、今までは関係各所におまかせしちゃってたことを意識するようになったりもしました。

松田:あとは事業全体での電気や水道の使用量などについて、前年度との対比を考慮しなければいけないこと。うちはもともとミニマルだったので前年比を削減することは特に難しい。大きな企業だったら減らせると思うんですが、むしろ会社として成長しているフェーズだったら、従業員が増えたりして、削減するのは難しいですよね。小さい会社が成長していく中でのやりにくさは出てきますね。

透明化する会社運営。網の目状に広がる社外へのインパクト。

―BIAを通すことで会社の仕組みが透明化されていく。経営者として敬遠するタイプの人もいるかもしれないですね。

松田:僕の場合は全員に把握してほしいと思ってたから、透明化するのは全然OK。今まではなんとなく「わかってるでしょ?」としてたことも、機会を設けて共有するようになりました。例えば、社員研修の一環で金融リテラシーの教育をしたりしています。会社としてPL(損益計算書)を示すだけじゃなくて、PLをどう読み解くかみたいなことまでやるようになりました。

―透明化って〈B Corp〉の重要なファクターのひとつなんですね。ポスト資本主義的な考え方にも関わってくるところだろうし。

松田:会社が透明性をもつべきというのは〈B Corp〉の目指すところだし、そのためには従業員すべてがリテラシーを高めなければいけない。特に日本は労働者が資本の論理を理解する機会が少ないように感じます。そういったことを理解した上で仕事に携わった方が従業員としても会社にとっても絶対いいはずなんですよね。だから会社を作る時に〈B Corp〉をフレームワークにするとすごくいいと思います。

―BIAの中にある「インパクト」という言葉。これは自社だけでなく、サプライチェーンをはじめとする社外への影響というのも見えてきますね。

松田:自分たちの会社が世の中にどのような影響を与えられるかも重要なポイントなんです。ビジネスモデルはもちろんだけど、売上がどれくらいあるのかとか、メディアがどれくらいの人に見られているのかも測られる。自分たちの事業の良し悪しだけを見るのではなくて、その事業によってサプライチェーンを含む周囲やアウトプットを受け取った消費者や読者に対してどのような影響力を及ぼしていくかも評価されるんです。クローズドな認証制度じゃなくて、社会に波及していくシステムはよくできていると思います。

―他にBIAを通す中で気づいたことはありますか?

松田:運用できるかどうかが本質的なことですね。資料はたくさんできあがって、社員の意識は変わってきた。次はそれを企業文化に落とし込んでいかないといけない。あとは、〈B Corp〉に関心があってもBIAに実際に目を通したことがある人とない人の間には大きな隔たりがあることかな。やはり〈B Corp〉の本質はBIAにあると思います。

―今後のステップはどうなるのでしょうか?

松田:提出した自己採点に対して、メールベースでエビデンスの細かい確認があるみたいです。それが整ったら、直接のインタビューがあって具体的なビジネスモデルの確認やリジェクトされたことの見直しを交渉する。それを経て、最終的に〈B Lab〉が認めたものが合計点数となって認証される基準に達するかどうか、という流れですね。以前は1年くらいかかるということだったんですけど、今は〈B Lab〉のリソースが増えたおかげで半年くらいに短くなってるようです。