「サステナビリティなしに、美しさを手にすることはできない」――これは北イタリアのパルマで生まれたヘアケアランド、〈ダヴィネス〉の哲学だ。1983年、〈ダヴィネス〉創業者のジアンニ&シルヴィア・ボラッティ夫妻は、商品コンセプトの構築から研究開発、製造およびラベリングまでを一貫して行う製品作りをスタートしたが、サステナビリティという言葉が現在ほど普及していない当時から、サステナビリティは彼らの経営ビジョンに欠かせないものだった。
「可能な限り環境に配慮したものづくりを行ってきた私たちも、2000年代初頭には従来のビジネスモデルを大きく転換する必要性を痛感するようになりました。なぜなら、化粧品産業が社会や環境に与えるインパクトは少なくないからです。多くの人に美しさを提供する企業として、『これまでとはまったく違うやりかたでビジネスを行っていく』という私たちの姿勢を明らかにするために、“サステナブルビューティー”という言葉を社名に掲げることにしたのです」と言うのは、ヘアケア事業部のグローバル・ゼネラルマネージャーを務めるマーク・ジャアンドレアさんだ。
ヘアケア事業部グローバル・ゼネラルマネージャー、マーク・ジャアンドレアさん
「けれども当時の私たちは、“サステナブルビューティー”を実現するためにどのようなアクションを起こすべきかについての羅針盤をもっていませんでした。ただ、自分たちが良いと信じることだけを行ってきたのです。その後、〈B-Corp〉の取り組みを知り、〈B Lab〉の哲学は私たちの理念を完全に共鳴すると感じました。〈B-Corp〉コミュニティの一員となれば、同じビジョンをもつ企業と連携しながら新たな実践方法を学び、世界に善をもたらすアクションを起こせる、そう確信したのです」
〈B-Corp〉認証を取得するための自己採点アセスメント、BIA(B Impact Assessment)に取り組むにあたり、自分たちのビジネスが社会にどのような影響をどれだけ与えているのか、それを測定するシステムやプロセスをゼロから構築することにした。それが、〈B-Corp〉という長い、長い旅の始まりだった。
「2016年に晴れて〈B-Corp〉認証を取得しましたが、この認証は一度取得すれば終わり、というものではありません。取得した後も3年ごとにアセスメントに取り組み、更新する必要があります。現在、〈ダヴィネス〉ではすべての部署でBIAに取り組むばかりか、サステナビリティに関する専門のチームが機能しています。BIAに連なる項目は〈ダヴィネス〉のあらゆる業務やビジネス活動に浸透しているといえるでしょう」
サステナビリティを追求して、「Best for the World Environmental」受賞
〈ダヴィネス〉ならではの美しさをひもとく鍵がサステナビリティにあるのなら、それは何を指すのだろうか。彼らのサステナブルなアクションは3つの柱が軸になっている。
まず1つ目が、「脱炭素化」。オフィスと生産工場は2018年からカーボンニュートラルを実現しており、SBTi(※)基準に則り、遅くとも 2050 年までにネットゼロ・エミッションを達成するという目標を掲げている。
※Science-Based Target Initiative。世界の平均気温の上昇を1.5度に抑えるという目標の達成に向けた、WWF、CDP、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアティブ。1.5度目標の達成には、世界全体でCO2を2030年に半減、2050年に実質ゼロにすることが必要であり、SBTiは企業に対し、どれだけの量の温室効果ガスをいつまでに削減するのか、科学的知見に基づいた目標(Science-Based Target)の設定を支援・認定している。2024年2月現在、SBTiに参加しているのは世界全体で7380社、日本では924社。1.5度基準で認定を取得したのは、世界全体で4042社、日本では755社となっている。
2つ目は「循環性」だ。石油由来のバージンプラスチックで作られたパッケージの割合を年々削減しており、2022年には提携する〈プラスチックバンク〉により、〈ダヴィネス〉グループの全製品がプラスチックニュートラル(※)認定を受けた。現在、全製品のパッケージの64.1%がリサイクルプラスチック製で、バイオマスやマスバランス・プラスチックも採用されている。また、〈プラスチックバンク〉と協働して、ブラジル、インドネシア、フィリピン沿岸部で海洋プラスチック回収事業に携わる人々のQOL改善に取り組んでいる。これにより倫理的な再生エコシステムの構築を目指している。
※使用した分と同等量のプラスチックをリサイクルすることで、プラスチック排出量の実質ゼロを目指すこと。
3つ目は「生物多様性」だ。パルマにある「ダヴィネスヴィレッジ」は原材料の研究、開発、製品の製造を担う複合施設だが、ここで原料となる植物の栽培も行っている。また、2021年にはロデール研究所と協力して、ヨーロッパ初のリジェネラティブ・オーガニック・センターを設立した。136 の実験区画で構成されたこのセンターでは、17 種類の植物がローテーションで栽培され、リジェネラティブ・オーガニック農法の効果を実証するための最先端の研究が行われている。また、センターを拠点に、リジェネラティブ・オーガニック農法の普及活動も積極的に行われている。
こうした取り組みが高く評価され、2018年、2019年、2021年、2022年の4年連続で、〈B Lab〉により「Best for the World Environmental」に選出された。これは、環境、ガバナンス、顧客、コミュニティ、従業員の5項目からなるBIAの環境分野のスコアにおいて全認証取得企業の上位10%に入り、かつ特定のエリアで最高点に到達した企業に対して贈られるものだ。
「私たちが評価された環境分野では、製品の原材料やその調達時におけるCO2排出量から、製造に使用した資源やサプライチェーンの企業活動が環境に与える影響、製品やサービスが環境問題を解決するように設計されているかどうか、環境問題の解決に寄与するような教育やサービスを提供しているかまでが問われます。私たちは社内で『製品の戦略的ライフサイクル評価』に取り組むほか、自社の製品の輸送に関わるロジスティクス全般やサプライチェーンが与えるインパクトを全面的に見直し、解決策を考え出しました。環境分野での上位10%以内のスコアというのは、世界の企業が模範とすべき基準にあると言えるのではないでしょうか」
〈B-Corp〉コミュニティから社会に変化を起こしていく
〈B Lab〉の理念に共鳴して取得に至った〈B-Corp〉認証だが、取得したことで想像した以上のメリットがあった。
「この認証は自分たちの進歩を測る尺度になるだろうと思っていましたが、それだけではありませんでした。実験的な取り組み――たとえば、化学薬品ではなく蒸気を用いて工場設備を消毒するシステムの整備というような――を採用する際の基準にもなっていますし、これをきっかけに、スタッフに対する充実したヘルスケアの提供、従業員のスキルの習得やトレーニングの助成など、社会的・環境的パフォーマンスへ間接的な影響を与える活動にも注力するようになりました」
対外的には、〈B-Corp〉認証を取得した化粧品会社の連合である〈B Beauty〉の発足に携わった。これは各社が協働して、サステナブルな原料の調達、環境負荷の低いパッケージの採用、グリーンロジスティクスなど、化粧品業界の製造基準を改善するアクションを起こそうというもの。〈B-Corp〉コミュニティから化粧品業界にポジティブな変化を促すというものだ。
「この連合には6大陸から70以上の企業が参加し、変革を起こそうとしています。これは素晴らしいことです。私たちが望む変化は、多くの企業と協力することでもたらされるからです」
再生型経済の先に未来はある
自分たちらしいビジネスを通じて〈ダヴィネス〉が成し遂げたいのは、「すべての人にとって豊かな暮らし」だという。これを表現するのが、企業のミッションを視覚的にデザインした「ステークホルダーホイール」だ。これは従業員、顧客、地域コミュニティ、地球環境といった、〈ダヴィネス〉のビジネスに関わるすべてのステークホルダーをホイール上にマッピングし、各ステークホルダーに利益をもたらすアクションを視覚的に特定しようというもの。事業が生み出す利益を分配するという目標を達成するためのツールになっている。
「事業を通じてすべてのステークホルダーにメリットをもたらすということは、経済、社会、環境という3つの観点でのサステナビリティの達成を意味します。現在、この概念は、さらに高次な“再生”という次のステップへ移行しつつあります。再生型経済とはつまり、次の世代が豊かに生きる可能性を損なうことなく、現代に生きる私たちのニーズをも満たす、長期に渡って持続できるビジネスモデルであると言えます」
天然資源や地球環境を守りながら、可能な限り多くの価値と幸福を、すべてのステークホルダーに享受してもらいたい。描く未来の社会への道のりは長く険しいものだが、「多くの企業と連携して、ポジティブでエキサイティングなアクションを起こし続けることで達成しうる」とマークさんはいう。利己的なビジネスや自分勝手なふるまいは、もうおしまい。本質的な美しさとは、利他、いや愛他の精神とアクションに宿るのだろう。