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“窓から入ってきた風の感触が、ふと、大聖坊の道場で、休憩したときに吹き込んできた風を思い出させました。脳裏に羽黒の森や月山の景色が浮かんできました。霧がたちこめ、死の世界のようだった月山。羽黒の森の粘り付くような闇と植物たちの青臭さ、空腹の時に近所から漂ってきた焼き魚のにおい・・・。自分でも意外でしたが、また山に登りたいという気持ちがフツフツとわいてきました。”

30歳の時に山伏の世界に入った坂本大三郎さんが、その経緯を著した『山伏と僕』の中の一文だ。山と出合ったばかりの頃を思い起こさせる共感できる描写に心を寄せる。読み進めるうちに「旅に出かけるとしたら、どこへ行く?」としばらく封印されていた問いかけが、「旅に出かけるとしたら、やはり山のある場所に」と頭の中で変換される。

登山道ですれ違う人たちが、登ることにどんな目的を持っているのかに思いを馳せることがある。頂上を目指す人、長い縦走をする人、山小屋の食事を楽しみにする人、山での過ごし方はさまざまだ。

この本のおかげで、これまで想像さえしなかった修験道の成り立ちや山伏について少し知ったような気になると、信仰として山に登るという新しい視点を確かめたくなる。自ずと次の旅は“月山を登る山形”ということになった。

DAY1

JR東京駅から新幹線〈つばさ〉に乗り約2時間40分、山形駅に到着した。東北の夏は涼しいのだろう、と想像したが、勝手なイメージに過ぎなかった。山形の夏は暑い。山形市を含む村山地域は周りを高い山に囲まれた盆地。夏はこの地形ならではのフェーン現象の影響で、連日30度を超える真夏日になることも多いのだ。ただ、朝と夜には気温が20度ほどまで下がり、一日の温度変化が大きいのが特徴。到着したお昼過ぎの山形市は、真夏日の気温に達していた。

自然と人をつなぐ

翌日に予定している月山を目指す山行の前に、行っておきたい場所があった。月山に至る南側の登山口、本道寺登山口が位置する西川町にあるcafe&shop〈十三時〉だ。ここを営むのは、旅のきっかけとなった『山伏と僕』を執筆した坂本大三郎さん。以前、山形駅近くにあったお店は、2021年4月に西川町にある自宅に併設するかたちでリニューアルオープンした。

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月山とはどんな山なのか。その麓に暮らし、自身もこの山で修行をして山伏になった坂本さんに、修験道にとっては聖なる山であり、麓の人たちにとっては生活の山である月山のことを伺うべくお店を訪ねた。坂本さんは、杉板のパネルで覆われた温かみのある店内に招き入れるとまずコーヒーを勧めてくれた。リニューアルしたお店では、自身で焙煎するコーヒーを提供するカフェとしての要素も加わっていた。

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「もともとコーヒーは好きじゃなかったんです(笑)。でも眠気覚ましに飲んでいたら、これは美味しいとかこれは美味しくないとか感じるようになって、本当に美味しいコーヒーってなんだろうと調べ始めました。コーヒーも進化していて、自分たちが子どもの頃にはなかったコーヒーが出てきていることを知って面白いなと。自分で焙煎したらどうなるんだろうと思ったのがきっかけで、気づくと沼にハマっていました。」

中国雲南省の発酵させたコーヒー豆など、坂本さんらしいセレクトの豆を常に4〜5種類焙煎している。雑貨のセレクトも文化人類学や民族学に精通した知識と、アーティストとしての背景が活きた坂本さん独自のものだ。

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「自然と人が関わる中で、いろんな文化が培われてきた。そういうことを感じられるものを置きたいなと思っています。普段の生活の中で出合ったものを置いているので必然的に山形のものが多いですが、僕はよく色々なところへ出かけるので、山形に限るわけではありません」

『山伏と僕』にもあったように、山伏といっても、普段はそれぞれの生活をしている。サラリーマンや会社経営者、学校の先生、格闘家、学者、霊能者、芸能関係者などさまざまだという。確かにこの時、坂本さんは独自にセレクトした雑貨とこだわりのコーヒーを供する店の店主だ。またある時は様々な表現を駆使するアーティストとしての顔を持つ。この取材のあともドイツの〈ドクメンタ15〉や、奈良で行われる〈マインドトレイル〉への参加の準備で忙しい時期が続くという。

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そんな坂本さんに彼なりの山伏像を伺ってみる。

「いろんな時代ごとの山伏像があると思います。現代の山伏からすると、僕はちょっとずれていると思うし、古い時代の山伏と同じかというとそれも違う。現代の山伏の多くは、宗教的な修験者、いわゆる密教行者ですが、僕の関心はそこにはありません。列島に暮らす人々と信仰の対象であった自然がどのように関わって、生活の中に風俗、習慣、文化を作り上げたのか、その過程に山伏がどのような影響を与えたのかというところに関心を持ちました。芸術や芸能を広める側面を持った“ヒジリ”と呼ばれた人たちとか山伏に惹かれるところがあり、通じるものを感じて山伏の世界に入りました。山伏は山菜採りにも行きました。里から人を連れてきて山の麓に宿泊させ、山から採ってきたもので食事を提供していた。山との関わりを持って人と自然を繋ぐような存在です」

難しく捉えていた“信仰の山”は、坂本さんにとっての山伏像や、日本の信仰の形が大きく変わった歴史的背景、実際に経験した修行について聞いているうちに徐々にシンプルになっていく。『山伏と僕』にはその詳細を坂本さんがわかりやすい言葉で伝えている(→markbook『山伏と僕』参照)。西欧から伝わったアルピニズムを通して山に登る私たちも、修験道の歴史に触れると、山で自然に触れる時間の尊さを改めて実感できるかもしれない。月山に登る楽しみが、一層高まるのだった。

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美味しい料理とワインで世俗にわかれを告げる

山形市に戻ってきた。JR山形駅前は、城下町の名残を留めるような街並みだ。明治時代や大正時代といった異なる時代の建築を巡る散歩も楽しめる。しかし、今回は1,984mの頂を目指す旅。『山伏と僕』のワンシーンを思い出す。

“「今のうちに喰っとけよ」「あ、そっか。これから食べられないんだ!」誰かが叫びました。修行が始まればお腹いっぱいになんて食べられないのです。みんな夢中になって素麺に手を伸ばしました。”

今夜、世俗にわかれを告げるべく訪れたのは、〈ナチュラルワインときまぐれキッチン プルピエ〉。店主の佐藤洋一郎さんとシェフの武田悠さんは、生まれ育った山形でナチュラルワインを通じて出会い、このお店を始めた。仕入れやイベントを通して繋がった縁の一つ一つを大切にするワインバーは、見知らぬ街で夜を過ごす旅人にとってもあたたかさを感じ取れる。佐藤さんの語るワインや食材の生産者の話を聞いているうちに、山形という土地がどんどん自分のものになっていく気がした。
〈ナチュラルワインときまぐれキッチン プルピエ〉インタビュー記事

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DAY2

山の朝は早い。午前6時の空気は、前日の日中と違って確かにすこしひんやりとした。麓からも山の頂は、はっきりと白く見えていた。しかし、7月の山でスキー板を担ぐ人がいることは、想定外だった。例年であれば山頂に至るトレイルの雪は溶けている頃だが、今年は特別雪が多かったのでまだ残っているようですと坂本さんからも聞いていた。

月山登山のコースは複数あり、バラエティに富んでいる。7月の初旬はどのコースを選んでも残雪は避けられず、アイゼンは必須だった。(志津口コース月山リフトではアイゼンをレンタルすることも可能)

湯殿山口コース 起伏が激しいため、登山者が少ない。変化に富んだコース。
羽黒山口コース 全体的に岩場が多いコース。弥陀が原や鳥海山など眺望も多い。
本道寺コース ブナ林の中を長い登山道が続く。森林地帯から高山帯まで多様であり、静寂なロングコース。
岩根沢コース 車で林道を走り、ショートカットして本道寺コースへ合流する。静寂なブナ林が楽しめるコース。
肘折コース  月山登山最長の上級者コース。ブナの原生林や大湿地帯、大草原が広がる自然の豊かさと美しさ、そして厳しさを備える秘境コース。
志津口コース リフトを利用し標高1,500mまで楽に登れるコース。植生の移り変わりを楽しめるコース。

今回は麓からしっかり登り、ブナ林も体験できる岩根沢コースを登る予定だったが、残雪と林道の通行止めのために断念し、志津口コースで山頂を目指す。リフトを利用し標高1,500mまで楽に登れるので、利用者が最も多い登山口だ。たった2時間で山頂へ到着してしまう初心者コースだが、残雪期はそれなりの難易度を持っていた。湿度のある空気や深い緑が初夏を感じさせるなか、所によって雪が残るトレイルは、豪雪地域の月山だから見ることのできる特別なランドスケープが連続した。

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森林限界を過ぎると、視界が開け山頂までのルートを見渡せる。この清々しい景色が足取りを軽快にする。山頂に近づくほど急登で足元は岩場となる。

山のうえで出会う小さな花の逞しさにいつも励まされる

間も無く山頂、本道寺方面との分岐に達したところで、抖擻(山歩きをして心や身体を浄化する修行)の山伏が現れた。すれ違いざまに法螺貝の音が響く。

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月山に限らず、古代から山は生と死の境界、他界と考えられていた。人は死ぬと霊魂になりしばらくは里に近い“端にある山”という意味の「ハヤマ」と呼ばれる低山にとどまり子孫たちを見守り、三十三年もの長い時間を経て浄化され、奥深い山「ミヤマ」に登り、山の神になるといわれているそうだ。出羽三山では、羽黒山がハヤマ、月山がミヤマとなる。坂本さんは、月山に登ると羽黒の森と違うにおいを感じたという。湯殿山へ下る道でも、今度は生の世界へ戻っていくようだったと月山の神聖なる空気を捉えている。

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この日の月山山頂は死を象徴する山とは思えないほど穏やかで、気付くといつの間にか時間が経っていた。

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鶴岡のまちで「直会」

山伏修行は、俗世を離れて厳しい修行を無事に終えると、日常生活に直るための宴、「直会(なおらい)」がある。まずは、三日間の汚れと疲れを落とすために麓で温泉に入ったあと、お膳に並んだご馳走とお酒をたらふく食べて飲むのだ。

山形の旅は、ここからもう一つの目的地、鶴岡へと向かう。登山口から1時間ほど車を走らせる。鶴岡市は県の北西部に位置し、東は出羽山地、西は日本海に面した山と海に囲まれた広大な庄内平野の一部だ。しばらく田んぼ道を進むと、〈スイデンテラス〉がポツンと現れた。それは不思議と自然に溶け込み、西日を浴びて佇んでいた。

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「晴耕雨読の時を過ごす 田んぼに浮かぶホテル」のコンセプトの通り、周囲の山並みや水田風景に馴染み、館内でゆっくりと時間の移ろいを感じられるサービスがある。中でも、スパ施設が充実しており、鶴岡市中心部にこれまでなかった新スポットとなっている。

サウナはセルフローリュウができるフィンランド式本格派だ。視線の先に庄内の山々、水田が広がる源泉掛け流しの露天風呂に浸かり、心身ともに癒される。サウナの中で汗を流しながら、これは現代の「直会」といっても許されるのではないか、などと考えた。
〈スイデンテラス〉紹介記事

庄内の恵の多様性を知る

庄内地域には、多くの河川が流れているのも特徴的だ。県を縦断し日本海に注ぐ最上川をはじめ、出羽山地を源流とする赤川、鳥海山系を源流とする日向川、月光川と、美しい水の循環が肥沃な土地の根源となっている。自然豊かな土地だからこそ受け継がれてきた食文化や在来作物などの歴史を背景に、2014年には「ユネスコ食文化創造都市」に認定されている。

日本有数の穀倉地帯、庄内がいかに魅力ある場所なのかを、一人の料理人が証明している。鶴岡を代表する名店〈アル・ケッチァーノ〉の奥田政行シェフだ。彼は、海外や東京での修行を終え、地元鶴岡へ戻った。庄内を拠点に“食で日本を元気に”できると確信し、2000年3月に開店した〈アル・ケッチァーノ〉は、この7月7日にリニューアルオープンした。奥田さんの情熱が感じられる新作メニューを、新店で味わうことができる。奥田さんは生産者との深い関わりを大切にしてきた。この土地でたくましく育った野菜の味が生きる料理を研究し、日本全国に広げていくことを料理人の使命と考えている。シェフの思いが感じられる食事は、一層この旅に彩を与えてくれた。
〈アル・ケッチァーノ〉インタビュー記事

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素朴で身近な感覚を大事に

JR鶴岡駅から〈特急いなほ号〉に乗り、穏やかな日本海を眺めながら帰路に着く。あらためて『山伏と僕』を開いて旅を振り返っていると、こんな文章が目に飛び込んできた。

“山伏、古代、精霊というと、難しい話のように感じるかもしれません。ただ、言い換えれば、僕が大切にしたいと思うのは、ごはんがおいしいと感動したり、自然のうつくしさにみとれたりするような、素朴で身近な感覚です。その根底には、常に、生と死が混在する世界が広がっています。”

信仰として山に登ることも、楽しみとして登ることも、もしかしたら大きな違いはなかったのかもしれない。生と死を身近に感じ、目に触れ、舌で味わうものを最大化してくれるのが山だから、これからもその感覚を大事にしながら山に登り続けよう。自然の恵み、人との縁、時の流れを感じて過ごす山形と月山の山旅が教えてくれた。

Information
 
十三時
山形県西村山郡西川町睦合丙218-1
営業時間 11:30-17:00
不定休
instagram.com/13ji_/

ナチュラルワインときまぐれキッチン プルピエ
山形県山形市桜町2−42
営業時間
日〜木 18:00-24:00(L.O.23:00)
金〜土 18:00-25:00(L.O.23:30)
月曜定休 ※不定休/特別営業あり
instagram.com/pourpier_naturalwine/

スイデンテラス
山形県鶴岡市北京田字下鳥ノ巣23-1
TEL. 0235-25-7424
suiden-terrasse.yamagata-design.com/

アル・ケッチァーノ
山形県鶴岡市遠賀原 字稲荷43番
営業時間
Lunch 11:30-15:00 (L.O. 13:30)
Dinner 18:00-22:00 (L.O. 20:30)
月曜定休 (祝日の場合、翌火曜日)
alchecciano.com/

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